第55話 定食
自分のブースを出て、先ほど注文したカードを受け取りついでに藤田さんのところに行く。
スライム以外の、リトルコアからのカードを売り払うことが目的だ。当然、自分の分の小分けを希望。
売り払うといっても、リトルコアからの素材は開封ダンジョンでの競りで値段が決まるので、金額が確定するのは後だ。安めでもいいのならすぐに金を受け取ることもできるが、そこまで急いでいない。
でも、この金を受け取ったら生産道具を買うんだ。
魚などの食材カードの補充も済ませ、ブースに戻る。『翠』へは、混み合わない少し早めの時間に行きたい。とりあえず時間まで、薬瓶を作ることにして作業を始める。
生産系の能力、『運命の選択』で得た、生産系の能力は複製の選択が出やすいそうだ。
素材が揃っていれば、一つ作った後から化身を解くまでの間、作った物を複製することができ、『強化』で複製の数が増える。
瓶や薬はいいのだが、弾丸は数がいるので少々羨ましい。
ただ、『複製』を選択すると『一点もの』とか『心血』とかいう、生産物のクオリティを上げる系統の選択が出づらくなる。
逆に先にそれらを選ぶと、『複製』や『大量生産』などの一度に数を作る系の能力が出づらくなる。
楽はさせてもらえない模様。
机に並ぶ出来上がったばかりの瓶を棚に並べ、次の瓶を作る。机いっぱいになったら、また棚に並べ――さて、まだ『翠』の開店には少し早いだろうか。
運動がてら歩いてゆけばちょうどいいか。魚や肉はともかく、『どんこ』や『白マイタケ』などのキノコ類ならば、紙袋にでも入れてぶら下げて行ける。
さっそく用意して移動する。散歩にはいい距離だ。
「こんにちは」
「滝月様、こんにちは!」
ちょうど暖簾を出していた菜乃葉と外で会う。
「今日は並んでなかった」
「一番乗りです。どうぞ」
笑顔で通してくれる。
『翠』はすでに人気で、昼は開店前から2、3人待っていることも少なくない。夜はあまりにも混むので実質予約制になったし、昼は予約を取らずに先着順だが、3種類の定食からになり、数が限られる。
「こんにちは」
「いらっしゃい!」
カウンターの中の関前さんと挨拶。
「差し入れです、使ってください。ギルドの方にもカードを登録してきましたので」
「椎茸と舞茸か。ありがとう」
袋の中を確認して関前さんがいくつか出す。
『ドンコ』は冬菇だ。傘の部分に白いひび割れのようなものがあるし、普通の椎茸と違ってだいぶ肉厚で巻きが強い。香りもいいし、出汁もよく出る。
今日のメニューは、豚肉のニンニク味噌焼き、牛すじ煮込み丼、煮魚(マコガレイ)。
大体3種類のうち2食は市のダンジョンで手に入る――つまりお安い食材をメインに据え、残りの1食は私のうちのダンジョンの食材だったり、鷹見さんがルート開発した食材がメインに据えられている。
前者と後者で値段が500円程度違う。関前さんの料理は安い食材が使われていても美味しいが、ここは煮魚で行こうか。ニンニク味噌焼きにも惹かれるのだが、化身に変わるとはいえ、人に会うしな。
卵持ちのマコガレイ、それに小鉢が3つ、漬物と味噌汁とご飯。二口ほどの小さなデザート。
マコガレイは少し濃いめの味付けに、揚げたシシトウと大根おろしが添えられている、酒が進むと言いたいところだが、ご飯が進む。
小鉢の一つは、2切れずつくらいの三点盛りの刺身――なのだが、おまけされているようだ。彩にラディッシュの薄切りが飾られたネギのぬた、鳥牛蒡。
「どうぞ」
「おお。これも美味しそうだ」
さらにおまけで先ほど差し入れた『ドンコ』のバター醤油焼き。
途中、どんどん人が入って来て関前さんと話す暇がなくなったが、『翠』の料理は今日も美味しかった。味付けは到底及ばないが、私も少し彩など考えよう。
ただ家庭でラディッシュの薄切りを一枚おひたしに載せる、なんてやってられんが。やるのは簡単だが残ったラディッシュをどうしていいかわからん。あれは、たくさん作るからこそだな。
いや、残りはサラダに混ぜてしまえばいいのか。一緒に出すのはなんだかなあという気もするが、翌日に回すとか?
出された料理のこと、自分の料理の改善を考えつつ、ダンジョンに戻って薬の調合をする。
棚の空瓶が薬でいっぱいになるころ、アラームが鳴る。
さて、ツツジさんとアイラさんに素材を見せに行く時間だ。捲っていた袖を戻し、ネクタイを締め直して、外に出る。Yシャツの袖の皺は、ツツジさんのブースに着くまでには戻る。そこは、外よりとても便利なところ。
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