第137話 それぞれの目的
「仕事が間に合わない……っ」
ツツジさんが頭を抱える。
「いや、合間にと無理に入れてもらった仕事だ」
流石にそこまでプレッシャーを感じられるのも困る。
「だって、装備が揃えば100層以降の先に進むんですよね?」
頭を抱えたまま、顔を上げて涙目でこちらを見るツツジさん。
だから何故そこまで?
「100層以降の革素材……っ! っここで協力できていれば、交渉次第で100層以降の革素材がコンスタントに得られるチャンスなのに……っ!」
ツツジさんがふたたび頭を抱えてブルブル震え始める。
――思ったよりツツジさんが生産馬鹿だな?
「技術とレベルを向上させるチャンスではあるけれど……。お金を作らないと、とても買い取り続けることができないわ」
こちらも未練ありげにカードを指でいじるアイラさん。
「……ここのダンジョン、貯め込んでいる冒険者は多いけれど」
悪いことを考えていそうな呟きを漏らすアイラさん。
50層あたりで止まってる冒険者は、装備の更新頻度は少なく、修理ですますことが多い。回復薬などの消費は多いかもしれないが、武器防具との値段差は雲泥。
全国的に30層までで止まっている冒険者が断然多い中、それより上。30層以降のドロップカードは金になる。
この市のダンジョン、けっこう金持ちが多いのだ。
「今の50層を80層とは言わないまでも、引き上げたら私たちも楽しいわよね?」
カードをとんっと指で叩いて、ニヤリと笑うアイラさん。
80層は50層の次の明確なハードル。即死スキルがないことがわかれば、軽く超えられるハードルではある。その前に一般的に50層到達時にはレベルアップし辛くなっているので、進むのは厳しくなるのだが。
楽しいというのは50層以上の素材が手に入り易くなれば、作れるものの幅が広がるということだろうか? もしくは50層までの素材ではもうレベルがあがらないが、80層までの素材で量産すれば……というところか。
「量産は好きじゃないんだけど……。けど、レベルを上げればできることも増えるし――趣味と実益の時間を作りたい、です」
涙ぐみつつも力むツツジさん。
「……」
2人が目を合わせて黙る。
性能のいい50層以降に通用する防具を量産する話だろうか。
自身の生産レベルより低い物の数を作ることは、外と違いかなり短い時間で可能だ。ただ、ほとんどレベルが上がらないし、完全に作業となる。
手をかけ、試行錯誤して一つの作品に情熱を注ぐ。この2人はそちらに重きを置く。
個人ブースの貸し出しには生産物の納品が必要となる――冒険者ギルドの規則で具体的に決まってる――のだが、鷹見さんの計らいでそちらも最低数になっていると聞く。
高レベル生産者の量産品は、量産品とはいえ性能が良く高く売れる。素材のロスも少ないため、儲けるには量産するほうが手っ取り早い。
二人の作品は高いが、素材を揃えるための金を考えると、取引額の割にあまり儲けてはいないはず。
確実に使う素材ではなく珍しい素材に弱く、手を出す傾向にあるので、趣味で作った作品売買では損をしているようなこともありそうである。
量産を増やして、金と時間の確保か。
「私の依頼を優先してくれるならば、素材の代金は抑えてもいいし、同業者に転売してくれても構わん」
売買の管理も面倒だし、ギルドで借りている引き出しは食材のカードで埋まっている。
「転売……」
微妙な顔をするアイラさん。
「価値のわからん私の代わりに必要とするところに売って、マージンを取ってくれて構わない」
言い直す。
「いいのかしら?」
「いちいちオークションに出すのも面倒だし、二人の時間がそれで買えるのなら安い」
他に適当な生産者の心当たりがない。
何よりこの二人の装備は大変着心地がいいことを知っている。専属とまではいかないまでも、確保できれば安心である。
「……二次素材を作ってくれる人に優先して回してもいいですか?」
ツツジさんがおずおずと手をあげて聞いてくる。
二次素材とは、素材から完成品までの間に入る加工素材のこと。例えば皮を鞣し使える状態にした革、糸から織られた布、例えば革製品に使う鋲、服に使うボタン。
高レベルな物になるほど、細分化していく。私の【生産】では上級薬ができないのと一緒の理屈だ。
「自分が損をしない範囲でならどうぞ」
自分の財布から持ち出ししてしまいそうなツツジさんに少々釘を刺す。
「そこは私が見てるわ。――今受けている他からの仕事が落ち着いてからということでいいかしら?」
アイラさんが言う。
「ああ」
「過去の似たような事例を調べて、契約関係の書類は用意しておくわ。――お茶にしましょうか」
アイラさんが笑う。
ダンジョン関係の売買は、税金関係がうるさい。ギルドを通さないのならば、正式に契約を交わした方が安心だ。
その辺は手続き関係を藤田さんに任せきりな私より、個人間の取引の多いアイラさんやツツジさんの方が詳しい。契約書の雛形などは冒険者ギルドのサイトにもあるのだが。
多少損をしたところで、ダンジョンに一度潜れば取り返してお釣りがくる範囲なら、手間が少ない方がいい。
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