第138話 雑事を済ませる
「あらあらあら、ピンク色で真っ赤で可愛いわ」
ハートマークが飛び散りそうな声音でアイラさん。
紅茶のカップと共に運ばれて来たのは、私の持って来たベリーのムース。
大きなスプーンで掬い取って適当に盛り付けたように見えるが、縁取りに金の模様の入った白い皿に、ピンク色のムースと真っ赤な緩めのゼリーの層がバランスよく綺麗に見える。
さすが本業の生産者はセンスが違う。
「美味しそう……」
「お値段と手間暇が凄そうだわ」
いや、ヨーグルトもベリー類も砂糖も家のダンジョンで出る。そしてムースはほぼ混ぜるだけで手間がかからないので、褒められると微妙な気分になる。
「苺……」
ぱくんと添えられた苺を口にするツツジさん。
「美味しい……」
「甘いけれど酸味もあっていいわね」
苺は当然ドロップそのまま。苺だけ持ってくればよかった――いや、外の食材を使った加工をするのが目的だった。
その場で税金関係の処理をしてくれる藤田さんへならともかく、ツツジさんとアイラさんに手渡しする物には気を遣う。
「ムースも味が濃くて美味しい……!」
「少しすっぱ目のソースがいいわ」
幸いムースの方も嫌ではなかったようだ。まあ、甘味の類は高い上に種類が限られる。値段と珍しさも味のうちなのだろう。
はしゃいだ声を出す二人の向いでムースに手をつける。甘酸っぱい味のムースが口中で溶ける、私的には怖い量の砂糖を使ったのだが、甘さ控えめのスッキリした味に仕上がっている。
世の中の菓子の砂糖の量は料理動画を見る限り、なかなか多い。できれば『化身』で食べるだけにしたいところ。
「それにしても素材を送って、作ってもらって送り返してもらうって、なかなか時間がかかるわよね。こっちに誘おうかしら」
アイラさんがこぼす。
「移動して来た後に、私のダンジョン通いがストップしたら目も当てられないぞ」
紅茶のカップを口に運びながら止める。
今のところイレイサーと対象者の接触はないし、いざとなったら自分で消す気満々なので、自宅のダンジョンはそのまま手に入ると思うが絶対ではない。
「大丈夫、ツバキのパーティーが80層まで開けているもの。リトルコアを無視できるのならば、50層で詰まっている人は防具で69層まではなんとかするわ」
バチンとウィンクしてくるアイラさん。
自分の生産品に自信があるということのようだ。
「が、頑張ります」
こちらも拳を握ってみせるツツジさん。
私の防具はツツジさんの趣味でアイラさんの手がけたスーツ、靴やベルトがツツジさんの作。が、本来革の胸当てやブーツを中心に、革防具の生産をしているのがツツジさんである。
決してフォーマルな革靴をメインで作っているわけではない。
そしてメインの客はこのダンジョン以外の攻略者たち。よほど有名な攻略者の専属でもない限り、腕のいい生産者は他ダンジョンの攻略者から仕事を請け負っている。
でないと名前が売れない。無名の素晴らしい生産者がいるのかもしれんが、知らないのでは評価のしようがない。
手に入りづらい素材などの売買は、金もいるが信用もいる。結果、名前が売れている者に素材が渡りやすいため、生産の腕も上がるのである。
「いっそ私も革鎧を下に着るのでもいいのだが」
ツツジさんの革鎧は軽く、動きを阻害しないことで有名なのだ。
「嫌! 嫌です! スーツ、スーツ!!! 全身全霊をかけて素早さの上がる靴を作る、作るから、スーツ! スーツゥ!!!!」
鳴き出した。
「ごめんなさいね。ツツジの革鎧より物理防御は下がるけれど、魔法防御は最大限つけさせてもらうから。それに『貫通』か『斬撃』ならピンポイントで防御効果を高められるのだけれど、ダンジョンに傾向はあるかしら?」
アイラさんがツツジさんの背中を撫でて落ち着かせながら聞いてくる。
「特に傾向は見られないが、『貫通』防御は欲しいな」
自分の
「新しいスーツ、素材の取り寄せは終わっているから、なるべく早く上げるよう時間を作るわ」
「よろしく頼む」
「スーツ!」
――復活した謎の生き物と意思の疎通は諦めて、アイラさんに挨拶をしてブースを出る。
とりあえずこれで防具の方は見通しが立った。テンコの付与は、自宅のダンジョンでは即死能力を使ってくる敵がしばらく出ないことが判明したことだし、気長に待とう。
買い物をして帰宅。ダンジョンの駅で食材と消耗品を買い足し、『ODA』で頼んでおいたパンを買い、豆腐屋に寄って油揚げを買う。相変わらずこの時間、豆腐は売り切れである。
本日の夕飯はカリカリ梅とジャコ、大葉の混ぜご飯。大葉は柊さんにもらったものが、元気よく葉を広げていたので採ってきた。
昼に牛肉と魚を食ったので、豚肩ロースを厚めに切って焼き、醤油とみりんで味付けしたもの。オーブンで焼いた夏野菜。
ビール1缶。
昼に酒を我慢したのでよしとする。
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