第139話 購入希望者

 朝。


 久しぶりに沢を登り、家庭菜園の手入れと草取り。なぜ野菜には虫がつき、草は青青と元気なのか。


 朝食は『ODA』で購入した、気泡の多いパンを切り、バターで半面焼いて、チーズを数種類載せて挟んで焼いたもの。


 2回目である。


 バターで焼いた外側はカリッと、挟んだチーズは溶けてパンの穴に入り込み、塩胡椒しただけなのにやたら美味いのだ。


 他に牛乳、ハムエッグ、野菜スープ。朝飯らしい朝飯ではないだろうか。


 そして腕立て、腹筋。多少飲み過ぎ食べ過ぎでも、運動して消費すればなんとかなる。はず。


 シャワーを浴び、コーヒーを淹れてオークションのチェック。コーヒーは高いのはともかく、入手しづらいので大事に飲みたいところだが、古くすると味が落ちる。


 クローズド――事前登録した者しか買えない、藤田さんにお任せの固定金額――に補充したカードはいつもと変わらず、馴染みの店がコンスタントに買ってくれている。まだデータ上でしか知らない店もあるが、そこもそのうち行ってみたい。


 ただ登録している店は人気の店なことが多く、ふらっと行って入れる確率はかなり低い。予約を取らねばならず、大抵の店は2人からである。


 おそらく素材提供者を名乗れば受け入れてもらえそうではあるが、予約時にそれを告げるのはハードルが高い。会話は定型文かつ最低限にしたいコミュ障です。


 今のところ気軽に予約が取れるのは、日本料理『翠』、創作フレンチ『ODA』、イタリアン『HAYASE』、天ぷら『深間』。


 全部鷹見さんに連れて行ってもらった店だ。天ぷら『深間』はやや離れているので他と比べて間遠だが、全部美味しい店である。


 通常オークションに出したカードはこちらも想定内。一つだけ『絨毯』は怖いほど値上がっている。


 出品したばかりでこれなのか。過去の最高値がついてるのだが――生命回復人気だな。


 次にメールのチェック。


 企業からの広告メールに混じって鷹見さん。『翠』に運び込んだ新しい地酒のことから始まり、大量のキャベツの扱いのためダンジョンの倉庫を半日おさえたこと、ワインとブランデーの販売先候補。


 販売先候補は今までとほぼ同じ。評判を落とした店が除外されるということもあったが、それは最初だけ。


 ただ、購入希望者がだいぶ増えているらしく、枠を増やしてくれとか、先着にしてくれとか色々来ているので、大勢が集まる直接販売の場には立ち合わない方がいいかもしれないと、メールにあった。


 購入希望者の話は藤田さんからも少し聞いている。鷹見さんが調整に気を遣っていることも。


 気候や季節に左右されず、高い輸送費が上乗せされない食材、しかも種類が豊富。定期的に仕入れられれば、経営が安定しそうだし、参加したくなるのはわからなくはない。


 が、万が一ダンジョンが消えた時に、私の提供する素材に頼りっぱなしになっている店があったら困る。それに今度は足りないから量を用意しろと言われる予感がひしひしと。


 ヘタをすると冒険者を雇って供給を増やせなどと言い出しかねない。はっきり言ってごめん被る。


 本人からはこのメールで初めて告げられたわけだが、これは私が知らずに売買の現場に近づいて、交渉に巻き込まれることを懸念した結果だろう。


 面倒ごとを引き受けてくれてありがとうございます。お礼は酒でいいでしょうか? キャベツもひと玉くらいは食べたいので、取り置きよろしくお願いします。


 心の中で鷹見さんに手を合わせておく私。


 コーヒーを飲みながら、ダンジョンに潜っていた間の世の中のニュースを確認。


 人が起こした大きな事件はなし。海から上がったリトルコアが1体討伐されている。


 日本近海のダンジョンでの氾濫だったらしく、10層相当を通りがかりの学生たちが狩ったようだ。海に囲まれている日本では珍しいことではない。


 対象たちの配信もぱっとしないようで、変化なし。テンコの配信も変化なし。


 テンコ配信は一部屋目に飾ってある打掛や小物、時々宝石しょうひんのアップを挟みつつ、生産している様子を淡々と流す系なので、最初にお知らせの字幕が出ない限り全部見ないで済む。


 世の中何もなかったということで、チェックを終える。さて、昼は何にするか。


 家で食うか、ダンジョンで食うか。


 まあ、黒猫の戸棚を満たしておこうかと、ダンジョンに降りる。黒猫キッチンに入って、とりあえず飯を炊くことにする。


 どうやら黒猫は大食いな上、食い合わせなどは考えていないというか、ドレッシングを飲むような食育環境を過ごしてきたようだ。


 単品でも食えるおにぎりでも――もち米出るのやめろ。カードの表記が大雑把すぎるだろう! チーズのように分類された名前をかけ! あれはあれで呪文のようだが、区別はつく!


 どこか理不尽さを感じながら、ノートに【開封】した『米・2』の中身をもち米と記す。味噌の種類など、メモをとっておかないと分からなくなるからな。


 仕方がないのでもち米を水に沈める。……米は浸水しなくてもそれなりに炊けるが、もち米はどうなのか。これはもう夜に蒸すしかないのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る