第136話 革素材の世界
アイラさんのブースにお邪魔すると、布にくるまってツツジさんがいる。相変わらずの挙動不審だが、それこそ相変わらずなので気にしない。
「あ〜あ〜裾が広がるなぽれおんんん。今日も格好いい! 折目正しいシャツ! 腰が高いぃぃい〜〜〜〜すぅつぅうぅぅぅ」
息を荒げながら鳴いているが実害はない。こういう生き物なのである。
「苺とムースだ。建前上、苺はムースの飾りとして持って来た」
「あら、コーヒーがいいかしら紅茶がいいかしら?」
保冷袋を受け取ってアイラさん。
どうやら今出すようだ。
「先にカードを。『紋月白蝶の銀糸』『紋月黄蝶の錦糸』がメインか。あとは触媒だな。バナナのカードも補充した」
片付けられた作業台の上にカードを広げる。
バナナのカードはアイラさんに定期的に売っているが、面倒なので非公開、落札者限定でオークションに出している。ギルドのオークションを通せば、税金関係が楽なのである。
「え、え。紋月白蝶?」
ツツジさんが布にくるまったまま身を伸ばしてくる。
その布はアイラさんの売り物なのではないのか? いや、アイラさんが扱うレベルならば、その程度でシワになったり破れたりはしないものか。
「ちょっと、リトルコアのドロップじゃない!」
アイラさんがカードに書かれた数字を見て叫ぶ。
「レベル上げにいいだろう? 触媒は『光の触媒』『火の吐息』系が3種ずつだ」
「あら、あるだけ欲しいやつだわ」
指で頬を押さえてアイラさん、お財布に厳しそうね、と続ける。
『闇コウモリの皮膜』などは別として、『光の触媒』『火の吐息』の系統は糸を紡いだり、布や革に能力を付与する時にも使う。
薬にも使えるが、私にまだ扱う予定はないというか、果たして扱えるようになるのか不明なため、2人が欲しがれば譲ることにした。
「あとは『靴の黒革』と『靴の白革』か……ベルトも」
98層で出た革。
「え? もしかして財布とか手帳もある!?」
とうとう巻きつけていた布を離して出てくるツツジさん。
「……あるが?」
「欲しいです!」
前のめりなツツジさん。
人見知りであがり症、遠くからスーツスーツと鳴く謎の生き物だが、生産についてはまともだ。
「財布も作るのか?」
カードフォルダーを作ってもらった分際でなんだが、ダンジョンの生産者としてどうなのか。
「財布という名前ですけれど、その革を使うと物理防御が上がりやすいんです。手帳は魔法防御!」
……。
「詐欺では? ちなみに椅子は何だ?」
「椅子は攻撃力です!」
椅子で殴るのだろうか。革の世界が謎すぎる。
「……」
無言でカードを追加する私。
一応「革」とついていたので持ってきたのだが、あとでまとめてオークションに流そうと思っていたカードである。
「ふあああ。これ、何層ですか? この手の革のドロップは90層を越えますよね?」
カードを手に取ってツツジさん。
変な名前の革だと思っただけで、そんな高レベル確定な革だとは思っていなかったんだが。
「98層だな」
防具を作ってもらう関係で、アイラさんとツツジさんには早々にばらす。
「ちょ……! ここのエースより攻略進んでるじゃない!」
アイラさんに驚かれた。
「狭いからな」
自宅ダンジョンは市のダンジョンと比べると遥かに狭い。
ここのダンジョンレベルに広かったら、1日で5階層も無理だろう。公開された地図があるから浅い層は何とかなっているが。
「もし
ツツジさん。
市や県が提携して盛り上げるパターンと、市民人気で勇者になるパターンがある。どちらにしても最終的には市や県が後ろについて、冒険者ギルドが補助する形に落ち着く。
勇者になれば手に入りづらい素材の入手や、消耗品の配給、パーティのや打ち合わせのための部屋の提供や、生産でサポートする者がいるなら生産ブースの貸与など、様々な便宜が図られる。
代わりに氾濫によるリトルコアの出現時は、討伐に参加しなくてはならない。県内、市内からの移動も制限される。
移動については、車の乗り心地や道路整備の関係で、長距離移動を好んでする者はいないということもある。昔の動画を見ていると、あちこち旅行していたようだが。
「サポートにもこんなに素材を回してくれるなんて、得難い仲間ね。よほど他のドロップがいいのかもしれないけれど、それでも凄いことよ」
【収納】持ちなことを知っているので、完全にサポートする要員だと思われている様子。
メインパーティーの後ろから野営の道具や回復薬やらを持ってついてゆく、リトルコアは倒した後に通り抜ける――人数は様々だがありがちなのだ。
サポートする者は、防御や回避の高い者、スズカのように隠れる能力を持った者から選ばれる。攻略者が魔物を倒した後からついてゆくだけとはいえ、魔物の数は多く、襲われることもあるのだ。
特に配信を目的とする場合、リトルコアの攻略に混ざることもある。それなりの実力か、【能力】を持つ者が必要とされる。
ただ、私的なダンジョンとなるとドロップを【開封】せず、カードのまま移動させるため、【収納】持ちが混ざることもある。
その場合は一部屋目で受け渡しパターンが断然多いので、攻略についてゆくのは珍しいのだが、ないわけではない。実際私の依頼は、防御や回避に重点を置いたもの。腕力を上げたり、耐久を上げたりなどの攻撃に関わる能力は要求していない。
アイラさんは私をパーティーの一員どころか、攻略者とさえ見ていない気配がする。
「ありがとう? 予定より攻略進行が早くてな」
アイラさんの誤解はそのままに、礼を言う。
攻略進行が早まったのは黒猫の即死無し情報のお陰だが。
「しばらくは99層までで練度を上げることになるが、予定をたてる都合上、100層以降用の防具の仕上がりの目安を教えてくれるとありがたい」
これを聞きにきたのである。
あと、そっと納品を早めてくれないかの圧。納品を早めてくれたら、素材は安くしてもいいぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます