第31話 難易度
家のダンジョンに潜る。
15層のネギと枝を平らげて、さっさと17層に行きたいところだが、ここで刀の修練をしているため、歩みが遅い。
横に薙ぐのは簡単だが、あえて縦に斬り裂く。おかしな姿の魔物だが、倒し方を縛るだけで難易度が跳ね上がるので、修練にはちょうどいい。リビングブランチも同じく。
面倒だが必要な作業だ。世の中には剣豪やら剣聖やら、何もしなくてもある程度剣を振るえてしまう称号やスキル持ちがいるが、私の【正確】はそうではない。応用範囲は広いがその分理想的な動きになるまで繰り返し、動きを確かめ、なぞらなければならない。
昔使用していたサブ武器なのである程度精度はあげてあるのだが、苦無ほどではないし、ここまで時間が取れるような環境ではなかった。
この先の層で似たような魔物の上位変換が出ない限り、
目指せ、まだ見ぬ食材……っ! できれば香辛料、あとマンゴー! カニ! 酒! 鯛! 鮭!
イレイサーのダンジョンは、持ち主のイレイサー本人であれば『化身』を失うことがない。
ネギの殲滅を終えて、ひと息。16層に下りる階段を前に気力体力の回復がてら休憩、本日は市のダンジョンで購入した弁当持ちである。
スライム素材のパッケージに詰められた、骨付き豚の塩焼き。各種肉の串焼きに続いて安い。……弁当箱ぶら下げて戦うのもどうかと思うし、ダンジョン産のものという縛りがある限り、大体肉になる。
焼きたてだし、腹は満たされる。ただこれが続くのは勘弁願いたい。キャンプ道具でも買って、料理するか? いや、自分がダンジョンにどんなものを持っていきたいか見極めてからにしよう。簡易的なもので我慢できなくなるかもしれん。
ダンジョン以前とは比べ物にならんくらい、
まあ、大事に使えば長く保つものが多いので、よしとする。
買える金が半端にあるのと、このダンジョンの取らぬ狸のなんとやらのおかげで、財布の紐がガバガバになりそうで怖い。
とりあえず骨つき豚は食いでがあった。少しぱさついていたが、かえって肉汁が垂れないのでいいような気もする。味も悪くはない。
16層、ここのスライムは少し奇妙な動き。移動する時に設置面が長く伸び、一定距離進むとぱつんと丸く戻る。地面にくっついているような……。なるほど、ノリか。
糊のようにぺたぺたとひっつくスライムで、カタカナでグルースライムとも言われるが大抵『ノリ』とか『ぺたぺたさん』とか呼ばれている。
赤黒くても見分けがつくもんだな。まあだが、そこまでスライムに詳しくないので、きついぞ? これはスライムの情報を集めておくべきか? おくべきだろうな。
このスライムの特徴は仕留め損ねると、武器に張り付いて攻撃力を落とすこと。刃を伝って、腕まで移ってくることもある。自身が粘ついているせいで、動きは遅いのだが。
スキルを使えば簡単に倒せるが、この層にいる数を相手にすることを思えば、それだけで進むのは得策ではない。普通ならば糊の中に浮く、核を狙って壊せばいいだけなんだが、丸っと赤黒いぞ!?
難易度跳ね上げすぎじゃないか?
……糊スライムが動いている気配とは別に、中心部付近で不規則に揺れる核の気配を探るとか、高難易度なのでは?
スキルを使えば簡単ですよ? 簡単ですがね?
「クソ猫が」
思わず悪態をつく。
「呼んだ?」
そして現れる黒猫。
「……」
「……」
思わず黒猫を見つめて黙る。
「……私が言うのもなんだが、クソ猫で姿を見せるというのはどうなのだ?」
「呼び方なんかどうでもいいぜ? 面倒ごとを持ち込んでる自覚はあるからな」
涼しい顔の黒猫。
ずいぶん達観してるな?
「呼べば来るのか……」
「リトルコアを1種類倒すごとに1回な」
「今回みたいにうっかり呼んでも来るのか?」
独り言は多い方ではないが、また悪態はつきそうだ。
「いんや、今日来たのは、レンの呼び出しと希望。4人がダンジョン内に揃ったから、呼びに来たんだよ」
どうやら黒猫はイレイサーの使いもするらしい。
いや、私にも呼び出しの権利があるのならば私の願いも聞き届けられる?
「呼び出せば願いを叶えてくれるのか? あと、16層から戻るの怠いんだが……」
それにずいぶん待たせることになる。
「願いっても、行きたいダンジョンとの送迎な。そういうわけで、連れてって、連れ戻すから平気、平気」
そう言って、黒猫がぽふっと前足で触れてくる。
触れるのか、とか、普通の猫と同じような感触だな、と脳裏に浮かんだところで、視界が揺らぐ。
なんだと思った時には、イレイサー2人ともう1人がこちらを見ていた。物が増えているが、イレイサーのダンジョン1部屋目のようだ。
「……なるほど」
黒猫には人を連れてダンジョンを移動する能力があるようだ。
対象のいる場所まで移動するのは大変そうだと思っていたのだが、どうやら一瞬だ。
「こんばんは!」
相変わらず元気のいいレン。
「こんばんは」
こちらは控えめなユキ。
黒猫の話からリトルコアは討伐済みなことは確定。今まで相談がなかったということは、無事【収納】がでたのだろう。
まず、普通は能力カードが出づらいのであって、能力カードの中で【収納】は出やすい。
「おや、ずいぶんな色男だこと」
見ない顔、揶揄うような妙な笑顔。
もう一人の協力者か。言った本人の表情もあるが、「色男金と力は無かりけり」の言葉が脳裏をチラつくせいで、褒められた気がしない。
「オオツキという。特に絡まんと思うが、よろしく頼む」
「私はテンコ。ユキの側の協力者ね」
獣人女性。薄い金の髪、ぱつっと切り揃えられたストレート。裏の黒いピンと立った狐耳、白く細い喉、見た目は幼さが残るが仕草は妖艶――で、人気のある配信者だ。
対象の関連動画を見あさっていた時に見た記憶がある。また個人情報ダダ漏れ配信者じゃないだろうな? 後で確認しよう。
とりあえずカメラの持ち込みはないようだ。魔石から動力を取り出す機構はそう小さくないのでカメラもせいぜいスマホサイズが限界、動画でそれなりの絵をそれなりの長さで撮るとなるともっとでかい。
なによりダンジョン内で撮影をすると、何故か撮っている人物の周囲にウィンドウのような物が現れ、撮影しているモノが映し出される。そのウィンドウのようなものは【鑑定】持ちが鑑定した時に現れるウィンドウと同じ物だと聞くが、決定的に違うのは全員に見えること。光るので目立つ。
あと、動力機構も機械の類にも魔物が群がる。普通は携帯や時計さえも持ち込まない。ダンジョン内部の配信はリスクが高いのだ。
まあ、テンコの方にも黒猫からこのイレイサーが自身を隠したがっているという話はいっているのだろうし。
レンの側、ユキの側と言ってはいるが、結局2人に同じように協力・提供する方向だろう。私の方は、薬以外はレンの使う銃弾なので大分楽だが。
「イレイサーと協力者になって、しばらく経ったけど、なんか調整はいるか?」
黒猫が尻尾をくねらせ首を傾げる。
そんなことを思っていたら、黒猫から聞き流せない話がでた。
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