第59話 趣味は

「昨日の会話で……?」


 確かにちょっと一馬の顔を立てて、恩に着せとこうというか、恩を返しとこうという気持ちでああいう言い方をしたが、あれで草取りに来るのは想定外なんだが。


「レンたちに嘘をついてるみたいで気持ち悪ぃからな」

「いや本当に草取りのアドバイス、大変助かったのだが」

思わず素で答える。


 ツバキに比べてヒネている印象だったが、予想外に真っ直ぐだな。それもどうやらイレイサーの二人の前では、のようだ。


「アドバイス……。あの一言二言で?」

怪訝そうな顔の一馬。


「ああ、大変助かった。それに山歩きの許可を出したのは、3人が柊さんと佐々木さんのお孫さんだからだ」


 無限地獄なのかと思った草取りに少しだけ光が見えたので、あのアドバイスはとてもありがたかった。


 それとは別に、現実的な問題として土地を買った相手の親戚、しかも今現在お世話になっている人たちの孫を、立ち入り禁止にできんだろう。


 同じ山の中に住んでいて、間伐業者への委託も便乗させてもらっている上、ついでにと言って私の土地にかかる道の左右の草刈りやらもしてくれとるのに。


 一応その度、心ばかりのものは包んでいるが、業者に頼むより安上がりだし、私じゃできんし。


 一番お世話になっているのも近いのも柊さんの方だが、その孫二人はイレイサーで、外ではあまり近づきたくない。それもあって一馬をクッションにしただけだ。


 家の周辺をうろつくのは避けてもらいたいのが本音だが、普段視界に入らない、相手からもこちらが見えない、山の中なら許容範囲だ。程よい距離のご近所付き合いで頼む。


「まあ、草取りの相談に乗ってもらえるのなら有り難いが」

草取りマスターは大歓迎です。


 今日だけ草を取ってもらっても、これから先長い戦いがあるのだし、アドバイスをくれ。


「ああ。せっかくそのつもりで来たしな」

一馬が言う。


 で、気になっていた家の後ろの草のことを相談したら、ちょっと待ってろと言われ、車の荷台から草刈り機が登場。


 ゴーグル、革手袋、長靴装備。


「あると便利だぞ」


 そう言って、あっという間に刈ってくれた。あとチェインソーまではいかないハンディな魔石を使った自動ノコギリで、屋根にかかりそうだった裏の木の枝を落とすサービス。


 脚立の上、動きが制限される高い場所での作業なのに手際がいい。私は脚立を押さえていただけです。そしてたぶん押さえる係要らない。


 始末がしやすいよう、落とした枝も扱いやすい長さに切り揃えてくれた。乾いたら燃やそう。焚き火は場所によっては禁止されているが、この周辺は大丈夫。


 アドバイスをくれと相談したのに、あらかた片付いてしまった気がする。


「集めた草に枯葉とぬかを入れとくと肥料になるぞ。草は種がつかないうちに一度刈っておくと楽だ」


 草取りマスターは、山暮らしマスターだった。その上っぽい柊さんはプロフェッサーだな。


 草刈り機などの道具を車に積み込み、後片付け。もしかしてこの車はこういた作業専用なのか? 流石に脚立はうちのものだが、他にも色々荷台に積んであった。そういえば、柊さんのところも畑に行く用の車があったような……。


 一馬はどうやらこういった作業が好きらしく、やたらいきいきして楽しそうにしていた。が、本人が好きなのとお礼は別。


 あの一言と労働が釣り合っていない。金を払うのも違う気がするし、この礼はどうしたものか。大体、金はダンジョンと配信で稼いでるだろうしな。


「酒は飲めるか?」

「車だ」


 それはそうだ。


「礼が思いつかんのだが、ちょうど酒と珍しい食材があるから、せめて持っていってくれ。ダンジョンで売っているので、手に入れているかもしれないが」


 一般にもダブついた食材を流している。流す数は少ない上、値段を良心的にしているので出すと瞬殺される。運が良ければ一馬たちも手に入れているかもしれない。


 ちょっと待っていてくれと言い置いて、家の中に入る。――家は近いので、生物なまものも大丈夫。重いものも車なのでOK。


 考えながら、パニックルームに駆け込む。一般に出回っているビールの中で少し珍しいものを【開封】。瓶で重いし、他も合わせて箱に詰めよう。


 『ホタテ』『桑名のハマグリ』『バター』。焼くだけでも大丈夫な手間がかからない貝類をチョイス。バターはバター焼き用だが、他にも使えるし保存もきくのでいいだろう。それと、土間の冷蔵庫からイカの塩辛。


「すまん――」

玄関から出ながら「待たせた」と続けようとしたら、草取りマスターがしゃがみこんで草を取っている。


 すみません、今日は朝に沢登りをして草取りサボりました。私の庭、そんなに草が気になるか? 管理しきれてない自覚はあるが、そんなに?


「あ。人の家の庭を勝手に……」

「そんなに気になるだろうか」

この庭、やばいのだろうか。


「いや、ちょっとさっきの作業で庭の手入れモードになってたというか。――これくらいの生え方してるところの草、むしるの好きなんだよ」

「え、何故!?」

面倒なだけでは? いるのか草取りが好きな人なんか?


 バツが悪そうに言う一馬に思わず聞き返してしまった。


「変だよな、ダンジョンの攻略者が」

自分自身を鼻で笑うような言い方をする一馬。


「いや、私が悪戦苦闘している事に対して、好きと言われて驚いただけで、実利のあるいい趣味だと思うが」

草取りマスター、庭のあるご家庭には羨ましがられると思う。


 配信からの情報と、目立つ噂だけで構築した一馬のイメージとは合わないかもしれんが、私には一馬が漬物を運んできた時の、お婆ちゃん子で草取りも手伝っていたという印象がある。


 それに石をひっくり返してダンゴムシをつつくのが好きですとか、葛の根からでんぷんを取るのが趣味ですとか言われても、私が迷惑するわけじゃないしな。


「勝手に手をだして悪かったよ」

「いや」

むしろ、うちの庭で良ければ趣味を満喫してくれと言いたい。


 一馬の車を見送って、家に入る。


 離れたところに畑があるわけでないし、私に専用車は必要ない。だが、草刈り機はあった方が良さそうだ。――今回、どんな感じなのかちょっとやらせてもらえばよかった。


 そう思いながら昼飯の用意。

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