第60話 謎の圧

 今日は私も色々焼こう。


ダンジョン産の貝類は、砂を吐かせる必要がないので楽だ。牡蠣はそのまま、ハマグリは開かないように蝶番を切っておく。


 ――いや、ぱかっと開くのも見たいから、処理は半分にしておこう。ホタテは開けてウロを取る。サザエも開けて下処理。伊勢海老はどうしよう、もういっそ丸のままでいいか? どれも生でもいける鮮度だし。


 申し訳程度の野菜、自分への言い訳に長ネギを適当な長さに切る。


 板の間の長火鉢に炭を熾して、適当に焼く。醤油、日本酒、味醂を合わせたもの、バター、醤油などの調味料は準備済み。


 イカの塩辛をつまみながら日本酒を呑む。塩辛には佐々木さんにもらった七味、手作りだそうでそう辛くはないが、柚子の香りが強く塩辛にも漬物にもよく合う。


 七味は柊さんからももらったのだが、こちらは辛めでどちらかというと青のりの香りがかつ。どちらも美味しいので、使い分けたいところだ。


 桑名のハマグリ、大きくて弾力があり旨味が強い。貝殻に残った白い貝の汁を酒器に落として出汁割りに……いや、熱燗ではないし止めるか。貝の汁が冷めてから入れてみよう。


 牡蠣はもみじおろしとポン酢、半分は生牡蠣でつるんと。サザエのつぼ焼きには、三つ葉が欲しかったかもしれない。ホタテとバターの相性はいわずもがな。


 伊勢海老の殻の焼ける匂いは香ばしい。かといって、殻は食わんが。


 軍手をはめて尻尾を捩じとって、キッチンバサミを使いながら殻を剥く。身にカニ味噌ならぬ海老味噌をつけて大きなままかぶりつく。ぷりぷりな伊勢海老に対してあれだが、マヨネーズと七味もいい。


 うーん。どう考えても全部食べるのは苦しいのだが、用意したからには食わねば。新しい食材に浮かれてつい用意しすぎる。旨いが反省反省。

 

 ちょっといい気分になりながら、板の間に吹き込む風を楽しむ。遠くに霞んで見える海、山々の緑、田んぼの一段明るい緑。


 今の時間は、遠くに固まって見える白と灰色の町の建物が少々邪魔に感じるが、陽が沈んだ後は夜空だけでなく、地上にも光が見えていい。近すぎる光は星を見るのに邪魔だが、ちょうどいい距離だ。


 ここに越してきて視力がよくなった。


 さて、片付けをしたら、シャワーを浴びて本を読んで過ごそう。深層に行くには半端な時間だし、一馬のおかげで思いがけず庭の懸案事項が解決した。


 酒が抜けるまでのんびり過ごし、3時過ぎくらいからは食材の仕込み。食べきれない初夏の野菜をピクルスにする。大半の野菜は柊さんからの貰い物だが。


 消毒した瓶が余った。……バターもあるしバジルペーストも作っておくか。バジルは家庭菜園でできたものだ。


 トマトと一緒に植えるといいような話を聞いて、トマトのついでに植えたのだが、予想外にわさわさ増えてしまった。なので胸を張って「作った」というには微妙なんだが、うちで採れたものだ。


 松の実がないので胡桃で代用。ほぼフードプロセッサーに突っ込むだけなので楽だ。


 二、三日前には山椒は水煮にして冷凍したし、醤油漬けも作った。新生姜は酢漬け、らっきょうも漬けた。去年の貰い物の梅干しがまだあるのだが、たぶん今年も頂ける。


 先月は庭の梅の実を収穫して、梅酒と梅の味噌漬けを作ったし、一応我が家に一本だけある梅の木も活用している。


 ――土間の納戸の棚が保存瓶でいっぱいなんだが。あと冷凍庫もぎゅうぎゅう。整理して、近日中に食いたい分を台所に移動しておく。


 土間の掃き掃除をしていたら来客。


「どうかしましたか?」

玄関で椿が微笑んでいた。


 昼間別れた一馬がバツが悪そうな顔をして後ろにいるのだが、なんだ? 渡した酒でも引っかかったか? 未成年ではないよな?


「いえ、弟が草刈りをしただけで色々いただいたようで。ホタテは昼に家族でいただきました。祖母が喜びまして、うちで採れたもので悪いですがお返しです」 

にこにことしながら、今回も荷物持ちらしい一馬から紙袋を受け取り、私に差し出してくる椿。


「いや、佐々木さんには普段お世話になっていますし。それに今日もとてもありがたかったので」

家族が喜んだのなら、一馬が一人で来ればいいのでは? もしくはいつものごとく、柊さんを通して漬物をくれるとか。


 ――わざわざ来た椿から、妙な圧を感じるのだが。なんだ? 弟を勝手にこき使うなとかそういうことか?


「かえってありがとうございます」

一応微笑んで受け取ってはみたが、はて?


「これからもよろしくお付き合いいただければ。では」

椿がきびすを返す。


 言葉通りにとっていいのか? なぜか宣戦布告に聞こえたのだが。


 若い娘なのに、威圧が上手い。別にどうということはないが、圧をかけられる理由がわからんので少々戸惑う。


「……わりい。なんか椿、あんたのこと気に入ってるらしくって。あれで愛想のつもりなんだよ」

「は?」

小声で告げて一馬も椿を追って離れていく。


 あの短いやり取りで、あの圧が? 会話も最小限だったと思うが。少なくとも恋情はいっさい感じん。あれか、良き隣人、田舎暮らしマスターになるよう期待してるとかか?


 草刈り機を使いこなせるようになれと。男手少ないというか、この山に住んでいるの、私も含めて3家族だしな。なるほど、椿は山暮らしの先達、上から目線になっても仕方がない。


 どうやら気に入った私の顔を見に、半日もたたんうちに原因の一馬を連れてお返しものを持ってきたということらしい。何を気に入ったのかしらんが、草取りマスターを使ったことへの圧じゃなくてよかった。


 そして紙袋の中身は新生姜と杏。生姜は最近柊さんにもらって、酢漬けにしたばかりだよ……っ! ありがたいが、かぶると食いきれん。


 オレンジ色の杏はいい香りだ。甘い香りだが、酸っぱい。砂糖漬けとジャムでも作るか。


 また瓶の消毒からか……っ!

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