第117話 焚火台

「戻らずに30層って、それだけで色々考えないとね。どきどきする」

レンが笑顔で言う。


「頑張って。――レンとユキがダンジョンを進む前に移動しましょうか」

テンコが私を促す。


 イレイサーがこの部屋から先に進めば、それぞれのダンジョンを行き来できる扉は消える。


 帰りはタイミングを合わせることが難しいので、黒猫に頼んで自分のダンジョンに戻してもらう予定だ。まだ使ったことのない、初めてのリトルコアを倒すごとに、黒猫が叶えてくれるダンジョン間の移動である。


 ガラクタのコレクションが増えたレンとユキの一部屋目から出て、テンコの部屋へ。ガラリと雰囲気が変わり、こちらは板が半分ほど貼ってあり、一部は畳敷に緋毛氈。花籠や打掛が飾ってあり、どこか艶かしい。


「ユキたちが30層のリトルコアまで倒しているけれど、間の魔物はほとんど手付かず。10層と20層のリトルコア復活は4日後、30層は6日後よ」

テンコが短く説明してくれる。


「予想より進んでいないのだな」

「ここは私のダンジョンだもの」

気の無い顔で肩をすくめてみせるテンコ。


 ああ、イレイサーのダンジョンでなければ死に戻りができない。簡単に戻ることができる30層まででやめているのか。そしてレベルアップのための経験値の多く入るリトルコアだけ倒しているのだろう。


 まあ、テンコがこの部屋にいないと行き来が厄介だし、仕方がない。黒猫のダンジョン移動は、2度目に倒したリトルコアはカウントされない。


「29層までのリトルコアなしならば、なんとかなるのでしょうけれど、気をつけなさい。イレイサーの面倒を私一人で見るのは無理よ」


 私が黒猫と契約したのは、物資の提供だ。テンコは違うのだろうか? 成人二人の面倒は見なくていいと思うのだが、黙っておく。


「何度か戻ってくるのなら、水くらいは提供してあげるわ。私がいたらだけれど」

ツンっと澄ましてテンコ。


「感謝する」

戻るつもりはないが、礼は言っておく。


 ということで、ダンジョンへ。


 1層目の魔物は鱗のあるウサギ、私のダンジョンと違って赤黒くない。さっさと倒して先に進む。偶数層がスライムなのは揃いのようだ。スライムの落とす系統はうちと違って、布の類だが。


 5層目まではウサギもどきがメイン、7層目から大型のネズミ。偶数層に出現するスライムは、ドロップは違うがうちと同じのようだ。


 30層まではさっさと走って通り抜ける。帰りは黒猫便の予定であるし、魔物が残っていても問題ない。


 30層リトルコアの部屋が本日の寝床。主のいないこの部屋は、他の魔物の侵入がないので安全である。


 浅い層のリトルコアの部屋は、足元がまあまあ平だ。【収納】から焚き付けと薪を取り出す。小さな焚火台を設置して、火熾し。


 焚火台とは別にアルコールストーブ設置して、湯を沸かす。沸かすといっても、沸騰した薬缶ごと【収納】してきたのですぐだが。


 このアルコール燃料は新潟にあるダンジョン産だ。アルコール燃料が出るダンジョンは、他に北海道だったか。


 発見されていないだけかもしれんが、アルコール燃料がドロップするダンジョンは少ない。そして毎度のことながら輸送費のせいでバカ高い。


 薪を持ち込む冒険者もいるくらいだ。まあ、半分陽キャたちのキャンプファイヤーかバーベキューといった趣があるが。


 私? 私の焚火台はただの趣味である。


 寝椅子と毛布、弁当を取り出し、準備は完了。すでに夜も遅い時間なので、おにぎり一つ食ったらさっさと寝よう。食ってすぐに横になると、外では逆流性食道炎を心配するところだが、ここはダンジョンの中なので問題ない。


 鮭と塩昆布、天かす少々を混ぜたおにぎり。黒猫の戸棚にも置いてきたが、食っているだろうか。鮭が余ったので、大量の焼き鮭も置いてきたが。


 うむ、美味しい。ここに濃いめのお茶と、沢庵で完璧である。


 ダンジョンの中、星も見えず、梢をゆらす風もない。安全をとって、リトルコアの部屋にいるため、周囲に何の気配もない。


 風景的にも浮かれる場所とは言い難い、音のない場所。だが、揺れる炎と薪の爆ぜる音があれば、雰囲気はガラリと変わる。


 ダンジョンの攻略に積極的でない人たちのうち、魔物への恐怖についで、地下に入って長く過ごすことへの忌避をあげる人も多い。


 環境を自分で整える余地があるならする、それも立派な攻略の手法だろうと思っておく。

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