第116話 前提条件の違い

 テンコのお誘いは、イレイサーが自分のダンジョン攻略に集中し、テンコのダンジョンに行けないこと、テンコ本人がダンジョン1部屋目に籠ることの2つの条件が重なったからだろう。


 もしくは気まぐれか。いや、布類を渡したことで、テリトリーの解放を思い立ったのかもしれない。後で少し追加を渡しておこう。


 イレイサーへの提示は、未攻略30層分。詰まっているところからの始まりであるし、おそらく最低2泊は必要だろう。


 ――イレイサーはすぐに攻略に詰まりそうである。一旦攻略を止めて、テンコのダンジョンに押しかけてきそうな……。


 私は80層攻略の準備を終えている。途中の層の魔物の復活時間を考慮すると、攻略開始まで取れる時間はギリギリ1日半程度か。


 イレイサーが自分のダンジョン攻略に集中して、ちょっかいかけてこないならば、80層の攻略はすっぱり諦めて次回にするのだが。なんとも微妙、予定が人の都合に左右されるのは気持ちが悪い。


 とにかく1日はテンコのダンジョンの探索といこう。楽しかったら続ければいいし、イレイサーの存在が落ち着かなければ止めればいい。80層攻略の準備が無効になっても、私のダンジョンは逃げないからな。


 準備はもう一度すればいいと気持ちを切り替えて、テンコにダンジョンの攻略を願うメールを送る。


 さて、ダンジョンに持ってゆく弁当を作ろう。


 1部屋目の黒猫のキッチンで、まず惣菜を作る。金平牛蒡、大学芋、きゅうりのポリポリ漬け、キャロットラペ、煮卵、ナムルを三種、ピクルス三種。大学芋は外側がカリッとしたものが好みだ。


 その他もろもろ大量に作る。大量に作ろうとして作っているわけではなく、きりのいい材料の使い方をすると結果的に沢山できるだけだが。この辺は使わない分を黒猫用の戸棚に突っ込んでおけばOK。


 余らないのはいいことだ。猫のくせに人間より食うので便利である。テンコからの返事で、すぐダンジョンに行くことになった。


 どうやらテンコの活動時間が昼から明け方までの模様。私が起きる時間が、テンコの寝る時間である。イレイサーのダンジョンを挟んで移動するため、全員が一部屋目にいるタイミングでないとテンコのダンジョンまで移動ができないのが不便だ。


 もともと80層攻略のつもりで、冷蔵庫の中身は日持ちがするものだけにしてあるし、掃除も洗濯も完了している。


 弁当の用意を急いで終わらせる。弁当にしては熱々なものがあるが、【収納】は便利である。飲み物を用意し、荷物の確認。確認と言っても薬の類は詰めっぱなしであるし、どちらかと言うと減らす方だが。


 【収納】に余裕を持たせるため、素材系のドロップカードを棚に吐き出す。整理している暇が惜しいので、とりあえずこのままで。


 棚を回り込み、イレイサーのダンジョンへと続く扉をノックする。扉があるということは、イレイサーも1部屋目にいる。


「はあい!」

レンの声がして、扉を開けることができるようになる。


「こんばんは!」

「こんばんは」

「こんばんは。久しぶりね」


 テンコもイレイサーの部屋にいて、何やら話していた様子。


「30層分の攻略、時間がかかると思うのでテンコのダンジョン楽しんでください」

ユキが言う。


 ――無謀に突っ込んでいくのかと思ったが、そうではない?


「まず一番進んでるとこまでユキを連れてかないと」

若干しょぼんとしているレン。


「レンが死に戻りしながら無理に進むからだよ! そもそもまず死なないで進めるようにならないと。死ぬと戻っちゃうから失敗だよ?」

ユキがレンに向かって、珍しく強めの口調で諭す。


 これは――私が想像していた前提条件が間違っていたな? まず、未到の地へ辿り着くまでに、『死に戻りで無理やり進んだ地』が立ちはだかってるのか。


 イレイサーが自分のダンジョン攻略に集中というテンコからのメール、集中は集中でも私が出したお題ではなく、その前の段階でも発揮せねばならんのだな……。


 そして私が『準備』に含めていた道中の敵の排除も、ダンジョン『攻略』扱い。この辺は感覚の違いだな。


「――薬も使いたい放題で無理やり乗り切るのではなく、怪我をしない前提で進めよ?」

「う……っ」

私の言葉にバツの悪そうな顔をして視線を逸らすレン。


「1部屋目に戻らないこと、薬の使用本数を減らすこと。まあ、薬については、補給しに戻れんことを考えれば、必然的に使用に慎重になるだろうが」

「忘れ物があると、中でひどいわよ?」

私の言葉の後にテンコが続ける。


 レンとユキ、どちらかがリトルコアから【収納】を手に入れたはずだ。リトルコアから取得の能力は弱い――【収納】は単純に入れられる数が少ないのだが、あるのとないのとでは大違い。


 むしろ余計なモノを入れている可能性に気づくが、黙っている。荷物の取捨選択も練習だし、戦い方が違えば必要な物も違ってくる。


 私が必ず正しかったり、正解だったりするわけではないのである。

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