第146話 酔い
結果、目の前で咳き込んでいる鷹見さん。
もう少し婉曲に匂わせてから聞くべきだったか。
「すまんな」
「いえ、こちらこそお見苦しいことを」
口元を拭いながら鷹見さん。
「リトルコアですと、当然それなりの大きさですよね?」
「ああ」
「牛や豚の時も驚いたのですが、あちらは海外に前例がありましたから……」
そう言って考えに沈む鷹見さん。
やはり不味いだろうか。
リトルコアの体の構造が詳細にわかるわけだし――ただ、私のダンジョンでも遭遇率の高いスライムが丸ごと落ちたことはない。
おそらく『火炎鹿』は普通の鹿とそう変わらない構造ではないかと思う。コアがあるにしても、特色があるのは外側の皮や角だけなのではないかな。
「……やめておいたほうがいいでしょうね。おそらく通常ドロップする肉や毛皮から得ていた今までと同じようなデータしか拾えないとは思いますが、どうしたって政府の調査が入ります。他の変わったリトルコアがドロップしないことを確認するために」
「入るか」
「入りますね」
「カードは棚にしまっておこう」
「しまっておいてください」
ここで興味を示したり、踏み込んでこないのが鷹見さんのいいところ。鷹見さんの目指すダンジョン経営に、イレギュラーなリトルコアドロップの解析は必要ない。
チーズが出る頃にはすでにいくつかグラスを空けているが、ここからが本番である。チーズ以外にも食べやすいサイズのおつまみが並び、空けたグラスが下げられ、ワインの瓶と同じ数の新しいグラスがテーブルに並べられる。
「……日本酒は普通に酔うだけなのでいいのですが、私、ワインは悪酔いするらしいんですよね。絡んでしまったら申し訳ない」
「過去に何か?」
「外で自分の許容量を超えて飲むことはほぼないのですが、一応どうなるか家で飲んだ時に記憶がなくて……。起きた時の自分の惨状が理解できませんでした」
「惨状?」
「別の場所にあったはずの掃除機を抱いて寝ていました」
「掃除機を」
鷹見さんにそんな愉快なことがあったとは信じられないが、信じられないことをするのが酔っ払いである。
「おそらく、こぼしたものを掃除するために持ち出して、力尽きたのだと思うので、そうご迷惑はおかけしないと思うのですが……。記憶が……」
「掃除機が美女に見えていたり、魅力的な抱き枕に見えていた可能性が僅かに存在するのか」
「ご迷惑をおかけするようですが、限界を超えて飲むとどうなるか、知っておきたいところもありまして。悪酔いの兆候が見えたら、お手数ですが中止してタクシーを呼んで、ダンジョンに放り込んでください。私より滝月さんの方が酒に強いようですし」
鷹見さんは酒が好きなようだが、飲みたくない時でも付き合いで飲まねばならない場面もありそうだ。
そしてそこまで「飲める状況」を作ったのは、おそらく私のダンジョンからの酒の供給である。まだ少し手に入りづらい酒、しかも種類は豊富、接待の相手だけに飲ませるわけにもいかないのだろう。
……私相手のこれも接待の一種なのだろうが。
そんなこんなでワインの試飲を続け、一人当たりの飲んだ量が瓶に換算し3本を超えたあたりでお開き。
指定のタクシーを呼んで、もっと飲みたいですとニコニコと言う鷹見さんを乗せ、ダンジョンへ。
この「もっと飲みたいです」が完全な酔っ払いの兆しだとは思わなかったので、杯を重ねてしまった。鷹見さんがテーブルに突っ伏したのでびっくりしたのだが、どうやら何かに身を寄せる癖がある?
ワインの瓶を抱え込んで、ニコニコと「もっと飲みたいです」を伝えてくるだけなのだが。別に店から出るのに抵抗することもなく、素直に席を立ってタクシーには乗った。ワインの瓶は抱えてたが。
悪い酒ではないので何よりです?
そして市のダンジョン。
「申し訳も……」
『変転』した鷹見さんがワインの瓶を下げて謝ってくる。
「いや、もっと飲みたいとニコニコしているだけで、店を出る時も特に暴れたり抵抗する様子もなかった――が、どうも何かに縋り付いたり抱きついたりする癖があるようだ。結婚願望があるような相手とは飲まない方がいいかもしれん」
鷹見さんはダンジョン局長、高給取りである。酒瓶を抱いて起きるのはいいが、起きたら人間を抱いていたら笑えない。
いや、独り身で私より年上なのだから、忙しくて出会いがないだけで、鷹見さん本人に結婚願望があるのならば、いっそ飲んでもいい気がするが。
鷹見さんが、先ほどまで抱いていた酒瓶に視線を落とす。
「そんな感じですか……」
「そんな感じだった」
ダンジョンの通路で立ち尽くしている鷹見さん。私も並んで立っているが。
「部下から、飲み比べで勝ったら商売の話しを通してやるとおっしゃる高齢の方の報告が上がってきたので、同じことを言い出す方々が出そうで、どうかと思ったのですが……」
「飲み比べ……」
ただ酒目的か?
「そのまま酒豪を豪語する部下に任せました。ふっかけてきた方も勝負ではなく、本心は日本酒を飲みきれないほど飲みたかっただけのようです」
ただ酒目的だな?
「金を取るべきでは?」
私が酒類をギルドを通して飲食店に卸し始めたので、ギルドに言えば酒が手に入ると学習している気配がする。
一般向けのオークションにも時々出すが、基本設定時間を極端に短くして延長無し、運が良ければ買えるような条件で出している。
金がどうこうというより、まず出品に気づくか気づかないかの運である。代わりに出品はまめにしているので頑張ってほしい。
時々びっくりするほど高値がつくこともあるが、概ね似たような金額で落とされている。
私が柊さんや草取りマスターに差し入れるためのアリバイ作りも兼ね、同じ酒好きに提供している状態。
「それでこちらの要求が通れば安いものですよ。対価として釣り合わないなら受けないだけです」
悪い顔で笑う美女。
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