第26話 カード売買
カウンターの中は見せるための調理場、その隣の部屋に冷蔵庫やらが並んだ下拵えをするための調理場がある。
個室がある通路に入ってすぐに入り口があり、案内されたのはそこだ。カウンターの中は木製の設備が主だったが、こっちは機能的にステンレス。でかい冷蔵庫とでかい流し。焼き物や煮物をするための設備。
おそらく皿を並べ、盛り付けをするための広い台。その台の上にクーラーボックスが置かれ、開かれる。
「魚の大きさが違う? ダンジョン産と聞いたが?」
開けて驚く親父さん。
菜乃葉さんがすかさず大きなステンレスバットを持ってきて、そこに親父さんがアジを並べていく。サバは3匹持ってきたがマアジやマイワシは適当に詰めたので何匹だかわからん。
「若鳥も丸のままですよ」
鷹見さんがビニール袋を開く、こちらも一応氷は詰めてある。
さすがにクーラーボックスを2つ買う気にならなかった結果だ。
「おお!」
「この状態で出るのは、珍しいらしいですね」
きらきらした顔で私を見てくる親父さんに戸惑いながら言う。海外では多いというか、あっちは頭つきも普通らしいが。
「アジは秋の肥えたのも美味いが、5月の小振りのものも美味い。サバは――身に丸みがあるし、触って硬い、エラも赤が鮮烈。刺身もいける」
アジ、お前もか。大きさだけでなく、『秋サバ』『寒サバ』のように名前はついていないが、本当に季節も違うのかうちのアジ。
そういえば、イワシ類のカードは、道中のドロップにしては20から30とやたら書いてある数字の大きなものが混じっており、開けてみたらシラスだったな。『秋サバ』『寒サバ』というカードがあるのだから『シラス』ではダメだったのかと、またダンジョンの不思議が増えた。
「ダンジョンのドロップは、住んでいる人間の記憶、自覚なく必要としているもの、無意識の願望が反映されると言います。日本人は綺麗に規格が揃ったパック詰めのイメージが強かったのでしょう。結果、大多数のダンジョンがそういった形でドロップする」
鷹見さんが説明している間も、魚と若鳥に見いる親父さん。菜乃葉さんはそんな親父を嬉しそうに見ている。
ダンジョンドロップは、住んでいる人間の集合意識で決まりがちか。私のダンジョンは、黒猫とイレイサーはともかく、私だけの意識で形成されている。なるほど、このドロップ形態は私のせいか。
で、私は日本酒で、鷹見さんは烏龍茶で乾杯。用意してくれていたらしい先付けをつまむ。
「ムロアジは干物やクサヤにされることが多いですが、脂がのったのなら刺身も美味い。食べ比べてください」
アジとムロアジ、イワシの刺身が出される。
さすが本職、包丁さばきに引っ掛かりがなく、切り分けられた魚の身も綺麗だ。無理矢理切ると刺身が水っぽくなるのは気のせいではないと思う。
「烏龍茶なのが残念です」
鷹見さんが笑って言う。
青魚を食べた後、酒を含むと香りが鼻の奥をくすぐる。焼き鳥、酒を途中で変え、サバの味噌煮。最後はゴマサバのヅケ飯で締め。
人の作った飯は美味い。片付けもいらず、酒に酔う。
契約は無事成立。仕入は早朝が都合がいいというし、カードの【開封】のタイミングもある。ギルドのオークションに便乗するのは、とても都合がいい。
私はカードを切らさないよう補充すればよく、そこから親父さんが毎朝必要なカードを購入し、【開封】して仕入れる形に落ち着いた。【開封】するまで、魚の大きさがわからない問題はあるが、それは構わないと言ってくれたので。
買ったクーラーボックスについては、新しい食材がドロップしたら、暇があれば見せにくることになったのでこれからも活躍予定だ。
「もし、天ぷらによさそうな白身の魚がでましたら、前回お連れした店にもぜひ」
帰りの車中、にこやかに鷹見さんが言う。
「ああ」
天ぷら屋、酒を飲むには代行を頼むしかないな。
鷹見さんと一緒に市のダンジョンに戻り、生産ブースで酒が抜けるまでだらだら。私のブースはツツジさんやアイラさんのブースのように広くない。椅子に座ると行儀悪く作業台に足を載せ、半分寝そべるようにして過ごす。あ、これ熱いおしぼりと冷たいおしぼりも常備しよう。あと寝そべるたための椅子が欲しい。
関前さんの店の業務用の冷蔵庫、でかくて良かったな。冷蔵庫、酒用の冷蔵庫、ダンジョン用の寝椅子、ここの椅子――いや、いっそベッド。物欲が溢れてるのだが、どうしたものか。
酔いに任せてしばらくだらだらした後、『変転』。こっちの姿は、生身の異常を引き継がない。健康面に問題がある人も、ダンジョンでは活躍できる。
一部、少しでも動くと血管が破裂しそうとか、そういった人は鎖が現れ『化身』に絡まり動けなくなるそうだ。動けないかもしれないが、驚きで興奮して血管切れる気がするが。まあ、それで病変を見つけたという人が時々何かの番組に出ている。
ほんの少しだけ生身に影響を与えるという、ダンジョンでの活動は、リハビリにいいとかなんとか。
生身の酒が抜けるまで、とりあえず生産のための下準備をしておくことにする。具体的には魔石を粉にする。
くるみ割り器のようなもので魔石を適当な大きさに割り、後は乳鉢で均一な粉になるまですりつぶす。これをせっせと続け、専用の瓶に移す。なかなか手間と根気がいる作業なのだが、何も考えない単純作業なのでそう嫌いではない。
この魔石の粉だけ作っている生産者もいるので、どうしても大量に必要な時は、買って済ませることもできる。粉にする必要に迫られてるわけではないので、この作業も楽しめるのだろう。
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