第86話 研究?

「瓶の状態で見分けは無理ではありませんか……?」

ちらりと並んだ瓶を見る鷹見さん。


「いや、蓋が違う」

関前さんがそれを否定する。


 開栓して注いでくれるのが関前さんなので、気づきやすかったのだろう。が、どちらにしても。


「カードの状態では無理だな」

カードは文字とシルエットだけなので、蓋の違いは見分けられない。


 色は8種類飲んでみて、純米大吟醸、純米吟醸、特別純米、純米、大吟醸、吟醸、特別本醸造、本醸造だろうと鷹見さんと関前さん頼りで結論付けた。――が、ここにスパークリングが入って来て混迷を極めている現在。


 とりあえずスパークリングかそうでないかは蓋で見分けがつくようだ。


 ぽんっという高い音、瓶から溢れ出す半分泡となった酒。既に酔いが回りはじめていたのもあって、発泡酒の開封時に何が起こったのかよくわからんかった。


 純がつくのは水と米と麹、つかないのは加えて醸造アルコール――香りを引き立てる効果があるらしい――が原料になる。あとは精米の歩合いで、磨くほど味に雑味がなくなる。


 と、いうのを関前さんから先ほど聞いた。


「ん? 私のつけたメモの数字と瓶の底の数字が合っていない……?」

私が書いた数字はカードの数字『山口の地酒・1』なら『山口1』と書いて貼り付けたのだが。


 まさかのつけ間違え? 今日の飲み比べの意味が揺らぐ大問題なのだが!?


「もしかして滝月さんの書いたカードの番号は、蔵元の番号、瓶の底の番号はその蔵元で作られている酒の種類の番号では? 貼り間違えにしてはバラバラですし、若い番号以外もあるようですよ?」

カウンターに並ぶ酒瓶に手を伸ばし、底を確認しながら鷹見さんが言う。


「おお! これで料理に合う酒が見つけやすくなる!」

関前さんが破顔する。


「何よりだ」

甘い酒か辛い酒か、せめてそれくらいは飲む前に知りたいと話していた。


 カードから出さないと見えない番号なので、私としては選びづらいことが変わらんのだが。


「酔いが深まる前に、記録をとってしまいましょう」

鷹見さんがそう言い、ノートに瓶の底の番号を記入し始める。


 関前さんが黙って瓶を傾け、順番に底を見せてゆく。ノートにはすでに私の貼り付けたメモが1ページに1つ書き込まれ、飲んだ酒の分は特徴が書かれている。


 甘口、辛口、酸味、芳香、合わせたい料理。まだ数ページしか埋まっていないが、すでに酔い気味である。


 鷹見さんは少し明るく上機嫌、私はふわふわした様な酩酊感。関前さんはほとんど変わらず、酔いが見えない――本人曰く、高い物なのでとことん飲んだことがないそうで、限界を把握していないそうだ。


「酒によって酒器も変えたいところだが」

猪口、盃、茶碗――ちょっとオークションを覗かねば。


「この三重の純米、軽やかながら凝縮されてるような。ゴマだれなんか合いそうです」

メモを終えて、座り直した鷹見さんが新しい酒に口をつけて言う。


「こっちの山口の酒は華やかな香りだ。旨味と酸味のバランスがいい」

鯛の寿司に手を伸ばす。


「ああ、白身魚に合いますね」

鷹見さんは平目の寿司に。


「こんなのはどうですか?」

そう言って関前さんが新しい皿を差し出してくる。


 載っているのは薄く切られた大根。大葉と梅のペーストが挟んであるのがのぞいている。


 口をつけると大根の歯応えとほのかな甘み、青じその香りと梅の酸味。


「シンプルなのに美味い」

今飲んでいる酒にとても合う。


 シンプルが故に大根の味と使う梅干しでだいぶ左右されそうだが、甘い大根が手に入ったら家で真似をしよう。


「さっぱりした料理と合う、と」


 料理を関前さんが作り、酒を注ぐ。鷹見さんがそれぞれの感想をメモしていく。私は飲んで食べるだけである。


 こんな具合でどんどん飲んで、どんどんノートを埋めてゆく。最初に潰れたのは鷹見さん。私は3人の中では酔いやすいが、潰れるまで行ったことがない。その前に腹がいっぱいになるんでな。


 酒ダンジョンに行った時に試して、自分の限界は把握済みである。ついでに美味い酒と飯が正義なので、がっつり食う。酒だけで済ますのは私にとっては微妙。まあ、潰れないだけで酔っ払いなのだが。


 ――関前さんは変わらず。


「ノートは預かって、続きを埋めておく。和人は弱いが、娘二人は俺と同じで鯨飲する。花乃葉は赤ん坊がいるから飲めないが、菜乃葉と空いた時間に進めておこう」


「お願いする」 


 もともと酒の持ち運びの問題もあり、続きは関前さんに任せる話なので否やはない。余った酒は、悪くならないうちに客に出すなり料理に使うなりお任せだ。まだ運びきれてない分もあるのだし。


 埋まった部分のノートを写真に撮り、本日は終了。事前に鷹見さんに教えられた番号に連絡を入れ、予約済みのハイヤーに迎えに来てもらう。


 行き先は市のダンジョン。


「すみません。私が一番に潰れるとは……、吐いたりすることはありませんので」

「大丈夫だ。歩く距離は短い」

扉から横付けされた車、車からダンジョン入り口まではそれよりあるが、大した距離ではない。


 力が抜けた人間を支えて歩くのはバランスが難しいが、横抱きして歩く見てくれの弊害に比べればなんということはない。


 おそらくダンジョンの責任者である鷹見さんには、政府の食えないたぬきから私のことが伝えられている。そうでなければ、自宅ダンジョンのこと、私の攻略スピードなど聞かれないのは少し不自然である。


 昔の職関係が切れないのは少々思うところがあるが、今のところなんの不都合もない。配慮もさらりとしていて押し付けがましくない。


 確率は少ないが、鷹見さんが何も聞いておらずに程よい距離を保っている場合もある。


 知っていても知らなくても、飲み友達、ということでいいだろう。

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