第80話 お試し配信戦闘
鷹見さん、返事が早い。『翠』の関前さんと急ぎ日程を調整するという内容なので、予定が決まったわけではない。たぶん、次の店休日になるのではないかと思うが。
鷹見さんの美味いものを食いたいという欲求は私と張る。自分が食えれば満足な私と違って、多くが食を楽しめる環境をつくっているところが違うところ。私も美味い店が増えて大層嬉しい。
いい気分でだらだらし、パニックルームに降りて古い映画を見る。何度か見ているので、ほろ酔いで見るのにちょうどいい。
早めに眠り、早めに起きる。4時前、シャッターを開けると外は薄暗く、夜明け前。夏とはいえ、さすがに日の出には早い。
シャワーを浴びて、朝食にビスケットと牛乳。前日酒を飲んだ朝はだいたいこれ。食べながらメールを見ると、鷹見さんから。
やはり集まるのは次の店休日だった。鷹見さんも関前さんも話が早い。了承の返事をして、別のアドレスを確認。こっちはイレイサーと例の配信用なのだが、スズカから。
今日の予定の確認。
日本酒のドロップに浮かれていて、完全に忘れていたが撮影日だった。こっちも了承を返して終了。回復薬の類には余裕があるので、慌てて用意する必要はない。
空が白んできたところで沢登り。明るい時に登るのは慣れてきたな。夜にも定期的に登るか――いや、鍛錬ではなくてダイエットだった。過度な負荷は必要ない。
『化身』に生身の体力や筋力はほぼ関係ないが、とっさの判断や動きには影響する。当人の癖のようなものだからな。佐々木家の道場のように、武術や武器の扱い方を教える場所は多い。
だが、『化身』はレベルアップの能力上昇の影響が大きいので、基礎を習う程度にとどめ、あとは実戦でレベルアップを目指すタイプが大多数だ。
家にもどって、菜園と庭の手入れ。最近、庭の草がましになった気がする。一番草木が伸びる季節が過ぎたからかもしれんが。
時間まで家事をこなし、市のダンジョンへ。
「いらっしゃい!」
「こんにちは」
ダンジョンの1部屋目の一角、双子に出迎えられる。
双子の後ろにはツバキとカズマ、スズカ。
「よろしく頼むよ」
「よろしく」
「よろし……くっ……お願いします」
ちなみに手袋着用である。スズカが衝撃を受けているようだが、気のせいだ。
「よろしく。本当に回復しかせんぞ」
「ああ、配信的に物珍しければいいので、それで頼む。スズカも君の手しか映さない」
ツバキが答える。
「素手……素手じゃない……。でも手袋もいい……でもその隠された手を見たい。手袋を剥ぎたい……」
スズカがダメな感じであるが、スルーする。双子が視線を逸らして少し挙動不審に、カズマが半眼になって口を引き結んでいる。奇行に慣れているのか、ツバキはまったく動じておらず、口元に薄い笑みをはいている。
「さて、では行こうか。リトルコアからだな」
「ああ」
歩き始めたツバキに答えて、私もダンジョンの通路へと進む。
「10層のリトルコアだよね? 緑のスライム」
レンが誰にともなく聞く。
「ああ、レンとユキは二回目か。先に進んじまったからな」
「リトルコアの前の層って、混んでるか魔物が倒されちゃって出ないかなんだもん」
カズマとレンの会話。
「もう少し浅い層で戦闘に慣れたかったのですが……」
困ったような顔でユキ。
どうやらレンとユキは少し無理をして、11層以降で鍛えているようだ。カズマとツバキ、どちらかがついていればそれも可能だろう。
ここの10層のリトルコアもスライム。浅い層に出る魔物としては珍しくない。そしてウサギやゴブリン、虫系より戦い易いのか、スライムから始まるダンジョンは人気だ。
10層のリトルコアからなのは、私がこのダンジョンでリトルコアをやっていないからである。リトルコアの部屋ならば、他の冒険者が映り込む心配もないのでそれも理由なのだが。
「ですが、すでに倒されている確率の方が高いかと」
「そうだな」
スズカの話にツバキが答える。
リトルコアがいてもいなくてもどちらでもいいような反応。10層のリトルコアはツバキやカズマほど強くなくとも、全員生産職とか、よほどの準備不足ででもない限りパーティーならば越えられる。チャレンジする者は多い。
なので、1層から10層まで、最短距離で移動すると魔物に当たることは稀。今回もおそらく先行しているパーティーがいる、おかげで魔物を見ない。10層までの地図はギルドで販売しているので、同じ道をたどることになるのだ。
「これ、倒されちまってるな」
カズマがぼやく。
10層リトルコア、留守。
「予測通りではあるな」
ツバキが言いながら先に進む。
倒さず先に進むと、帰りにリトルコアが復活して戦うハメになることがあるが、まあそのハメに陥っても別にどうということはない。ツバキとカズマが働くだろう。
リトルコアがすでに倒されている場合は、事前の打ち合わせで先に進むことになっている。
11層に出る魔物はスライムと牙持ちのミニ豚だったかな? ああ、通路の先で半透明の青色がふるりと震えている。ごくごく一般的なスライムなのに、色付きは珍しいと思ってしまう。完全に自宅ダンジョンの弊害である。
「やった! 敵発見!」
そう言って突っ込んでいくレン。飛び道具の意味とは? その両手に握っている銃はなんだ? グリップで殴るつもりか?
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