第74話 外見的には変わらない

 アイラさんとツツジさんに渡す素材カードを整え、市のダンジョンへ。


 ユキがテンコへの口利きなど条件を飲むメールを送って来たので、私も市のダンジョンでツバキに伝言を送ることが目的なのだが、わざわざ出てきたのだから色々用事を済ませたい。


 テンコへの生産依頼の他は、結局ツバキとの交渉になるわけだがこれは不成立でもテンコへの生産依頼は仲立ちしてくれるようだ。


 人付き合いが嫌いな身としては、仲立ちなんてハードルの高いことを本気でするのかと慄くのだが、世の中にはそれらを負担とも思わずこなす人種がいる。テンコへの口利きはユキにとっては大したことではなかったらしい。


 私は種族特性で変な人種が寄ってくるせいもあり、人付き合いは最小限にしたいタイプなんだ。――うそです、特性うんぬん関係なく人付き合いは苦手です。


 相手も無愛想な私がそばにいるのは嫌だろうから、人付き合いはお互いのために控えたい。


 なお、ツバキからの返事はすぐ来た。私と違い、市のダンジョンにほぼ日参しとるのでいつも返事は早いのだ。


 ちなみに返事の内容は省略すると「お試し日当幾らで」。条件もそうだが人同士のこと、合う合わないがあるだろうし妥当だろうか……? お試しとはいえ、よく姿を映さないの通ったな?


 配信参加の日数が少ないことのほうは、ツバキたちのレンとユキを含まない元からの攻略の頻度を考え合わせると、幼馴染だけで遊ぶ時間がなくなるだろうから、通るだろうとは思っていたが。


 で、装備品の方だが私が面会を申し込む前に、アイラさんから出来上がったという知らせが届いた。なので、またオヤツの時間にお邪魔中。


 手土産の生産に使いそうな素材を渡し、装備品を受けとったところ。普段素材は購入者指定でギルドのブースを通している。手数料は取られるが、書類――は藤田さんに大部分を用意してもらっているが、税金やらが楽なのである。


 鷹見さんにはお世話になっているし、ギルドが儲けるのもよしとする。


「スーツゥー……」


 相変わらず頬を染めて物陰からこっちを窺うツツジさん。今は天井から下がる色とりどりの布の間からだ。


 今回は外が暑い季節のせいか、爽やかライトグレーの三揃い。だが、三揃いにロングコートの時点で季節感はない。


 靴はカジュアルにモンクストラップだそうだ。靴紐がなく、ベルトとバックルがついてる革靴。


 そしてガンベルト。入れるのはカードだが、ステルスホルスターという肩に掛けるやつだ。スーツ大好きツツジさんの妥協点というか、むしろ性癖追加みたいな何かだ。


「いい……すごくいい……上着を脱いだベスト姿いい……。ああ……脇のガンベルト、ワイシャツ、黒手袋……背中、背中も見たい」

「……」


 いったん『変転具』に取り込んで装備した後、確認のためコートと上着を脱いだらこうである。なんか興奮しすぎてそのうち頭から蒸気があがりそうな様子だ。スルーするが。


 さっさと上着とコートを着る。


「ああっ……。でもロングコートの裾も好き……」


 通常でダメな感じである。


「では代金は2、3日中に振り込む」

これから支払いの手続きをするつもりでいるが、一応余裕を持たせる。


 ガンベルトはともかく、色以外のデザインについてはどう変わったのかよくわからんが、ツツジさん的にはスーツも着ていたものとだいぶ違うらしい。


 そして、装備としての能力はだいぶ跳ね上がったことは私にもわかる。付与も2人の顔見知りの職人に掛け合ってくれ、いくつかついている。


「ありがとう」

アイラさんも横目でツツジさんを見ながらもスルー。


「層を進めて、また新しい素材が出たら優先的によろしくね。もちろん代金は払うわよ」

バチコンとアイラさんのウィンクが飛んできた。


「私もまた修繕か、作るかはしてもらうことになると思うしな」

避ける方向ではいるが、『運命の選択』で得た装備コートと違い、生産装備はどうしても傷む。


「そういえば、素材の他にこれも。後で食べてくれ」

この辺りでは珍しいかと思い、バナナを持って来た。


「バナナ……」

今度はアイラさんがバナナを前に顔を上気させ固まっている。


 バナナはお好きか?


「お高いやつです……」

アイラさんの隣に寄って来たツツジさんが声を漏らす。


「そんなに?」


 なんというか、塩辛いものというか酒に合う飯が好きなので、正直他の食材に比べ果物にそう興味がない。――果物はどちらかといえば外の旬のモノを食べる派だ。


 一応調べたが一本二万から五万円くらいなような? 金額の差はドロップする階層による。


 四国や九州の方のダンジョンでしかドロップしないため、送料を入れると倍にはなる。――確かに高いが、アイラさんもツツジさんも稼いでいるので、そこまで驚くほどではない気も。


 ドロップする場所が限られ、やたら高いものは食材に限らずある。今現在、テーブルに出されている紅茶も高い部類だろうし。


 というか、先日差し入れた生ハム原木の方が断然高い。だがリアクションは今回のバナナの方が上である。何故だ。


「祖母が」

バナナを見つめたままアイラさんが口を開く。


「祖母が?」

「祖母が、バナナを懐かしんで食べたいというのよ」

「うん?」


 買えばいいのでは? 稼いでいるよな? 私の認識違いで、実は素材に全てを注ぎ込んで赤字すれすれ商売しとるのか?


「毎日、朝食に」

「毎日」

それは毎日朝食の時に「バナナが食いたい」と言うのではなく、バナナを朝食として毎日食べたいと?


「無茶では?」

どんな富豪だ。


 現在私は食う気になれば毎日食えるが。飯に関しては富豪並みである。


「ダンジョン以前は、バナナは安価で栄養価も高くて毎日食べる人もいたようなのよ、うちの祖母みたいに。昔を懐かしんでるのね」

「七十以上の年代の人は、若い時に食べ慣れたものを欲しがるよね。特にコーヒーとか」

ツツジさんもスーツではなく今はバナナを見ている。


 いや、私が動くとガン見されるので、スーツも見ている。


「確かに年配者への贈答によく使われるという話は聞くが、毎日となるとドロップするダンジョン辺りに引っ越す案件では?」


「しかも祖母が住んでいるのはもっと北の方なのよ」

ほう、とため息をつくアイラさん。


 一緒に住んでいるのかと思ったがそうではないらしい。そしてため息からすると、祖母は引っ越しはしない、と。一つの食材より、他の多くの食材や生活してきた場所だろうな、とは思う。私も住む場所として、酒が出るダンジョンの側は候補に挙げたが選ばなかった。


 アイラさんはバナナの出るダンジョンでしばらく生産して、バナナのカードを買い溜めていたらしい。【収納】持ちに依頼して、生産道具共々引っ越して来たとのこと。


「買い足したいならバナナ産出地の現地価格で譲るが?」

送料分だいぶ安いはず。


「お願い」


 そういうことにまとまった。手間のかからない恩はとりあえず売っておく。

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