第104話 デニッシュの行方
「ここの設備仕様のまとめ、分かりやすくて助かった」
「ああ、そういうの得意なやつらだからな」
得意なやつら……?
「黒猫が用意したのではないのか?」
「考え方も社会性も違うんだ、人間に合わせた機能性なんて無理だろ。丸投げした」
確かにこのダンジョンのドロップ形態から考えて、黒猫の仕事ではないな。
「……政府か」
「そう」
あっさりと黒猫が答える。
まさかの税金設備。私の税金が台所に還元――政府のイレイサー分か、聖獣対処か、どちらかの予算からなのだろう。
部署は違うが、予算に頭を抱えていたメガネの顔が浮かぶ。
私も、個人の割り当て予算は全部『強化』に突っ込んだので、使い切ってたが。
――『
「この設備を全て使いこなせるかわからんが、メニューの幅は広がった。食えるように適当に突っ込んでおくんで、食事を楽しんでくれ」
「おうよ!」
ご機嫌そうな黒猫。
時間経過のない戸棚の能力だけは黒猫のものだろう。5食分くらいなら入るので、適当に詰めてある。ここ数日の観察では、黒猫が食べるのは2日に1度程度のようだ。
「む……」
海に黒い影。食事をしている海に面した場所は魔物の出るダンジョン、必然的に私と黒猫以外は魔物だ。
ここはレベル300と言ったか。浅瀬に変わる地点で、速度が一度落ちたもののかなり速い。立ち上がり、
「お? 当てた」
「当てるだけならな」
ものの見事に弾かれた。
黒猫は平然としているが、私的には危機である。無駄な死闘をする趣味はないので、さっさと後ろに飛んで台所に入る。
急に
あわよくばスキルを奪おうと思ったのだが、足らん。流石に『必ず傷をつける』という効果も、レベル差によって無効とされたようだ。
能力の説明にある『必ず』の範囲はレベル50差以内、強化によってその範囲を広げる。どんなに防御力の高い魔物でも範囲内であれば傷はつくのだが。
「私はこのまま戻る。ゆっくりしていけ」
「はいよ!」
尻尾の先を振って答える黒猫。
攻撃が弾かれた時、ニヤニヤしておっただろう貴様。イラッときたので、戸棚にデニッシュと食パン、それぞれ1斤そのまま放り込んでおくこととする。
残りのパンと、浸透させている玄米の入ったボウルを抱えてダンジョンを出る。
デニッシュ2斤、食パン3斤。食パン1斤はカツサンドにして、大部分を黒猫の腹に詰めた。そして黒猫の戸棚にも詰めたが、どう考えても消費は無理だ。
どうしてくれようこのデニッシュ。食パンも1斤まるまるあるのだが、不意打ちで出てきたデニッシュにヘイトが向く。
結果、デニッシュを抱えて市のダンジョンに来ている。
柊さんや佐々木さんにパンで喜ぶイメージはない。『翠』に持ち込むものでもない。残るはここなのである。
友達はいないが、多少の軽口を交わせる顔見知りはいる。大丈夫、渡された本人が迷惑ならば、他の人に回るはず。魚と同じく、ダンジョンドロップなので回しやすい。
……そろそろ人に譲るのに税金がかかりそうな気がする。金額の上限ラインは決まっているが、個人間の譲渡にはあまり厳しくない。が、私は店とも取引があるし、ちょっとそろそろ目をつけられる不安が。
農作物も含めて外の生産品を優遇するため、ダンジョンドロップは一定以上から譲渡税がかかる。売買よりは安く上がるものの、面倒なのである。
「譲渡の書類を書いた方がいいだろうか?」
デニッシュを差し出し、聞いた先は納品窓口の藤田さん。
「これからもドロップそのままで譲渡されるならば、そろそろ出したほうが良さそうですね」
困ったように笑う藤田さん。
「ああ、何か加工すればいいんだったな」
「外のものを加えることが条件ですね」
個人間の譲渡には抜け道が多い。が――
「手料理はハードルが高い」
「手間もかかりますし、他の材料代などもかかりますから。趣味でもない限り、税を納めた方が安いかもしれません」
税金から逃れられないのである。
「致し方ない。譲渡の書類を書こう」
「用意しますので、オオツキ様は名前を入れていただくだけで。税金分はお支払いいたします」
そう言って書類を用意し、税金をさっさと自分のカードで支払う藤田さん。ダンジョン機構はダンジョン関連の税金の徴収もやっている。
「デニッシュにジャムでも載せてくればよかったか」
載せるだけならさして手間はかからない上、余っているジャムを消費できる。
柊さんから頂いた杏ジャムや、調子に乗って採りすぎた木苺のジャムとか。私自身はどちらかというとバター派なので、消費に困っている。
「ぜひ!」
いい笑顔を向けてくる藤田さん。
藤田さんには以前ジャムを押し付けたことがある。
幸い私はここで生産者ということになっているからか、手作り品を受け取るハードルは低かった――ダンジョン内で販売している弁当なども生産者の手作りなので――らしく、喜ばれた。
なお、愛想で演技なのかどうかは知らん。私にそこを見抜く対人スキルはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます