第18話 装備待ち

 朝は庭と家庭菜園の手入れ。


 畑はもうあきらめて、プランターや麻袋に植えているものがほとんどだ。はっきり言えば、広さ的にはベランダ菜園に近い。


 花台と木製の格子フェンスで高さを出して、プランターを立体的に配置。庭は広い、それどころか一段下がった場所に畑のスペースもあるのだが、どうも私の把握しきれる範囲がこのぐらいらしい。そして平面に広がっているよりも、立体のほうが手入れがしやすい。


 5月は葉物の植えどきということで、レタス類の小さな苗の黄緑が鮮やかに並ぶ。レタスは最初から丸くてだんだん開くのかと思っていたら、逆だった。育つと丸まるらしい……上手くいかないと丸まらないままで、サニーレタスの葉が少ないような状態になるらしい。


 お前、丸まれよ?


 心の中で話しかけ、水をやる。


 初期に地植えにしていたサヤエンドウが情けないことになっている。柊さんに聞いたら、立枯病だろうと言われた。カビなどの菌類による病気で、連作したり排水が悪いと発生しやすくなるそうです。


 花をつけたことに喜んで、じゃぶじゃぶ水をやりました、私が原因です。水やりはほどほどに。


 草をとり、庭に咲く花の花殻を摘んで、枝が急に伸び出したつる薔薇の誘引をする。


 母屋の解体とともに大半は退けてしまったのだが、風景を見渡すのに邪魔にならない範囲で、何本かは残した。目立つのは山道との間にあるドウダンツツジの垣根、家の西側、納屋の隣にある大きな梅とこの薔薇、裏手に紅葉もあるが、こっちは山の木なのか庭の木なのか微妙なところ。


 庭の入り口から納屋の前までは、住んで半年目に石のタイルを敷いた。そこからつづく玄関までの小道も。草と雨の日のぬかるみに負けたとも。


 納屋は古い農機具やいつのものか謎な味噌樽、漬物樽、謎の瓶などを処分し、少し手を入れて車庫兼物置になっている。ほうきかま、スコップ、すき、大工道具、プランターに使う土、肥料など色々なものが置いてある。あとは、解体の時に出た使えそうな木材。


 納屋の2階からは、箱に入ったままの磁器から、古い漆器の類まで色々器が出て来た。他にやっぱり箱に入ったままのタオル類、忘れられた衣装ケース。


 漆器はひびを通り越して割れている物も多く、状態が悪すぎて処分した。もったいない。結婚式の引き出物のような磁器の類、それに一点ものらしい陶器は、気に入ったものを見つけては、台所に持ち込んで飾っている。


 いらん物は売り払っているのだが、なんでこんなに……と少し呆然となる量だ。一度に綺麗にしてしまえばいいのだが、それなりに重いので、引き取りに来てもらうと金がかかる。


 ダンジョン出現以前のものは、割と高めの値段がつくので、市のダンジョンに行くついでに、店によってちまちま売っている。


 他に長火鉢や長持ながもち――昔、衣服や調度品などを入れていた長方形の大きな木箱のこと――なんかも出てきた。なお、長持ちの中身が古いお雛様で、少々ホラーだった。


 出てきた埃をかぶった長火鉢と長持ちは、綺麗に磨いて板の間に据えてある。長火鉢は冬が来たら活躍の予定だが、今のところ単なる飾り。


 一度目の冬はばたばたしていて叶わなかったが、灰を入れて炭を買い、鉄瓶でお湯を沸かし、餅を焼くのだ。スルメを焼いたり、御燗をつけたり。


 できればサザエや鮎なども焼きたい。ん? サザエは夏か? 海産物の旬は曖昧だ。鮎やヤマメなどは、川にいるらしいので捕まえてみたい気はしているが、こちらも実行に移せていない。


 ――5月の末だというのにもう蚊がいる。刺されたくないので終了。


 昼に唐揚げを食べ、午後からは町のダンジョンへ。


「これはまた。海外では事例が多いんですが、日本ですと少ないですね」

藤田さんが言うのは、「丸どり」のことである。


 溜め込んでいたカードを売りにきたのだが、ないことはないが、やはり珍しい状態でのドロップのようだ。


「それから、鷹見から伝言です。よければ販売先として、料理屋を紹介すると」

「料理屋?」


「雰囲気からして、あまり知られていない店のようでしたけれど……」

藤田さんが小さく首を傾げる。


 お偉いさんがいく、隠れ家的高級店だろうか。鮮魚を扱う店は少ない、輸送にコストがかかるので重量を少しでも減らそうと大抵干物にされることの方が多いしな。


 積載量も乗り心地もスピードも、もう少しなんとかなればいいのだが、今のところ車はまだ発展途上だ。


「店を見てから決めていいのなら、と伝えてください」

「はい」


 『若鳥』のカードは魚ほどではないが予想より高く売れた。丸どりであれば、この辺りに流れてこない部位もあるからとのこと。年配者の中には、ダンジョン前に食べていた記憶から、今は馴染みのない部位をむしょうに食べたくなる人もいるらしい。


 買い物。『青い薬草』を中心に、【生産】で使う素材を買い足す。そして柊さんへの差し入れ用に『赤豚のロース』――リトルコアを超えた先の魔物なので、お高い部類の肉だ。自分用の肉ももちろん買う、外の店で牛肉も買って帰るつもりだ。


 豚系はこのダンジョンのドロップなので、カードのまま買っても値段が変わらないため、カードで買っている。【収納】できるので、私には都合がいい。他の場所でドロップした食材も、【収納】持ちが運んで来たカードの状態での販売があるのだが、こちらは【開封】された外の商品より割高。


 カード入りの食材は、保存と主にダンジョン内で食べる弁当用。ダンジョン素材は、一度もダンジョンの外に持ち出さなければ『ブランクカード』に【封入】が可能なため、深い層にゆく冒険者に需要がある。


 ダンジョンは大抵深くなるほど広くなり、魔物も強くなるしで、攻略に時間がかかる。倒してしまえば、また魔物がわくまで時間があるので、ダンジョン内で野営することも多い。


『覚えのくさび』はあるが、リトルコアの出る層でしか使えない。


 それに『帰還の翼』という、ダンジョン内で使うと1部屋目に戻れるアイテムもあるが、こちらはレアアイテム。よっぽど深層にチャレンジしていて資金が潤沢でなければ、大抵自分が魔物を倒した後の道を戻ることになる。


 ダンジョンが広ければ浅い層でたくさんの人が稼げるし、素材も回るのだが深層の攻略者にとっては大変――いや、レベル上げのために結局魔物はたくさん倒さねばならないので、広いほうがいいのか。


 私も自宅ダンジョンの攻略を頑張ろう。次の食材をぜひ!

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