第19話 生産


 今日ダンジョンに来たのは、買い物と生産のため。あと、予定では防具が出来上がる頃だからだ。出来上がっていればメッセージが入るはずだが、未だのようだ。残念。 


 生産は、まずは薬を入れる瓶から。


 これはスライムの粘液と、浅い層に出る魔物の魔石を使う。魔石はぱっと見はみんな黒く見えるのだが、光に透かすと色がある。瓶に使うのは青、これはすでに砕いて粉にした状態のものを保存してある。


 魔石の粉を底の平らな容れ物に少量入れる。私が使っている容れ物は、ゴーレムの上位種、リトルコアの素材で作ったものだ。全体的に白っぽく、時々虹彩が見える。


 ここにスライムの粘液を注ぎ、作りたい瓶の太さの乳棒――のようなもの――で均一に混ぜる。どんどん粘度が上がって固まってくるので、程よい固さでそっと乳棒を真っ直ぐ引き上げる。そうすると乳棒にくっついて粘液が持ち上がり、底のある円筒形の瓶ができる。


 コンっと乳棒を叩くと、カシャっと小さな音がして瓶が割れて乳棒から離れる。瓶の縁がすぐに氷が溶けるように丸まり、乳棒に残ったガラス質のものが光の粒になって消える。


 混ぜるのが速すぎると固まらないし、遅すぎるとダマになったり瓶の表面が波打つ原因になる。持ち上げるタイミングで途中で、ダマになったり、厚くなったり、上手く高さを出せなかったり、くにゃりと曲がったりする。


 【生産】持ちは、気力である程度整形できるのだが、この瓶が不均一だと回復対象にぶつかった時に綺麗に割れず、中の薬が飛び散ったり、割れた瓶に残ったりと、ロスが出る。場合によっては回復自体上手くいかない。


 これはダンジョンのシステム的な何かも関係しているらしく、均一にできていればどんなぶつけ方をしてもロスはない。


 で、この瓶に作った回復薬を入れて上を捻ると、アンプルのような形に変わる。一度捻って封をした後は、もう形は変わらない。


 瓶だけ売っている場合もあるが、三日ほどで捻れなくなってしまうので、回復薬の生産者は自作する者がほとんどだ。


 飲む時はアンプルを割って、戦闘中誰かを回復する時はぶつけて使う。飲んだ方が浴びるより1割ほど回復率がいい。この瓶は割れると断面が丸まるので怪我の話は聞かない。そして割れて中身が出ると、光の粒になって消える。


 薬瓶を作っているとメッセージが入る。他人には見えないようだが、『変転具』が淡く光るので分かる。冒険者カードを出して、さっそくメッセージの確認。


『話したい。今日、ここにいるなら夕食は?』


 防具の方かと思ったが、鷹見さんからの飯の誘いだった。早いな?


 一人暮らしの飯の予定はどうにでもなる。了承の返事をしてカードを仕舞おうとすると、続けてメッセージが来た。


 鷹見さんからの返事かと思えば、今度はツツジさんだった。今日という読みは当たったようだ。


『装備が出来上がりました。今日からしばらく3時にアイラのブースにおります』


 2行程度しか送れないのに、メッセージは丁寧なツツジさん。2人揃っている時は、アイラさんのブースでよくお茶を飲んでいるので、その時間ならば、ということだろう。


 これにも了承のメッセージを返して、時間まで生産。


 薬瓶を大量に生産し一旦【収納】、次は中身を作って――薬瓶を並べて注ぎ、口を閉める作業を繰り返す。


 回復薬系をちゃっちゃと作り、本日の個人的な目的に移る。虫除けです。ダンジョンの虫型魔物には少ししか効かないが、外でも使えるやつだ。


 いっそ超上級の対虫型殺虫剤とか虫除けが使えたらいいのだが、それらは大抵ダンジョン内でしか効果がないやつだ。おのれ……。


 外の虫とは地道に戦ってゆかねばならない。とりあえず人体に塗る用と、網戸用の虫除けと、蚊取り線香的なものをつくろう。


 なんとか効果的なものが作れないものか。蚊とアブラムシ、ヨトウムシ――ネキリムシを撲滅させたい。


 時間になったので、一旦手を止め、アイラさんのブースにお邪魔する。


 ツツジさんは素材を広げて置くタイプなので、少々ブースに入りがたいため――散らかっているともいう――2人に会う時は、大抵アイラさんのブースだ。


「今日もスーツ……」

ツツジさんが恍惚としてこちらを見る。


 ダンジョンの装備はそうコロコロ変えないだろう。毎回何を言っているのか。


「相変わらず隙のない男ねぇ。少し抜けがある方が好かれるわよ」

アイラさんが頬に手を当てて嘆息するようにいう。


「種族の容姿からくる印象に引きずられているだけだろう」

そこまで完璧な人間ではない。完璧だったら蚊と戦っていない。


「新しいスーツゥ!」


 作ったのはアイラさんだが、抱えているというか抱きしめているのはツツジさん。手には靴をぶら下げ、スーツに頬擦りしそうな顔をしている。その服を私が着るのか? 微妙に着づらいぞ。


「……」

小さなため息を吐きながら、アイラさんがツツジさんからスーツを取り、私に渡してくる。


 この二人もよくわからん関係だ。


 受け取って、『変転具』の懐中時計をスーツにつける。スーツ一式が消え、淡い光で新しいスーツのラインが私を覆うと、着ていた上着が私の前にふわりと浮かぶ。靴も同様。


 着ていたスーツは落ちる前にキャッチし、【収納】する。『変転具』には『運命の選択』で得た装備とは別に、15の装備品が登録できる。そして新しく登録し、数をオーバーしたものは吐き出されるのだ。


 新しいスーツも三つ揃え、灰色に一段薄い灰色の細いストライプが入っている。Yシャツは黒、ネクタイは少し光沢のある青灰色。革靴は黒、つま先の細めなプレーントゥ。


「ああ、いい……」

恍惚とした表情のツツジさん。


 いや、なんで入り口そばまで下がって距離をとっているんだ? いっそ側で見ればいいだろう。

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