第149話 不穏な会話

 個人ブースのエリアは人の出入りも制限されていた気がするが、誰かと商談だろうか。このダンジョンにいる生産職ではツツジさんとアイラさんくらいしか該当しそうな人がおらんが。


 うろついているのは『生身』のスメラギ。


 『化身』の姿は目立つので、人が集まるのが嫌な時は『生身』でいるのだろう。


 『政府の勇者』からの装備依頼、2人がせっかく依頼を抑制する話をしていたのに、また忙しくなるではないか。


「オオツキ……っ」


 面倒だなと思いながら、スルーして通り抜けようとしたら呼び止められた。


 ……。


 私が『生身』を知っていることをスメラギは知らないだろうし、スルーでいいか。名前を呼ばれたのは気のせいということで。


 半秒ほど止まり、また歩き始めてブースのドアを開く。


「待て! この姿ではわからんだろうが、政府直属【03】勇者スメラギだ」


 名乗ったぞコイツ。


 個人ブースは防音空間だが、通路を歩いている人には丸聞こえである。ここで騒がれると、気づいて寄ってきた者たちに『政府の勇者』の知り合いだと思われる可能性がある。


 大変面倒くさい。


 ため息混じりに仕方なく振り向き、顔を私のブースの方に小さく振って入れと促す。


「なんだいったい? 迷惑なんだが」


 ドアを閉めたところではっきり伝える。


「な……っ」

「私を暗殺しに来たにしては、暗殺向きじゃないのが来たな」


 退職後だが、ダンジョンに関わる以上、政府側が私の情報を得るのも簡単だろうと思っていたし、チェックが入るのも当然だと思っている。


 ついでに暗殺するからには自分も暗殺される可能性は考慮しているので、暗殺者が送られて来ても驚かない。


 ただ、何階層のリトルコアが上陸してくるかわからん今の状態、私の「スキルを止める」能力は有用なので、暗殺者を差し向けてくる確率は低いと予想していたが外れた。


 が、スメラギは目立つことこの上ないし、正面からしか来ないタイプだ。返り討ちである。


「違う!」


 違ったらしい。


「他に心当たりがないが……」


 それとも絨毯のあのコメントは、私だと分かって入れたものだったのだろうか? そうだとしたら、どう反応していいかわからんのだが。


「何故そう物騒な話になるのだ、貴方は!」

「落ち着かんからとりあえず『変転』しろ。うっかり殺して罪に問われたくない」


 『化身』を殺すのと比べて『生身』に手出しすることは重い罪になる。


 『化身』は一部屋目で殺すのは相応の罪になるが、基本ダンジョンは自己責任、特に50層以降は法の範囲外だ。


 日本は秩序があって、モラルがあって、人の目や評判があって、滅多に人間同士の殺し合いは起こらないが。


「その物騒な思考をやめろと言っておるのだ! 『青闇、天中の日輪』【変転】!」


 スメラギが『化身』に変わる。


「で? 何をしに?」

「貴方が塩瀬に暑中見舞いなどという物騒なものを送ったから、様子を見に来たのだ」


 憤慨しながら言うスメラギ。


 暑中見舞いというとメガネか。メガネは塩瀬という名前だったのか、鈴木かと思っていた。


「それに他意はないと獣牙に返事を送ったはずだが……」


 暑中見舞いが物騒とはこれいかに。


「貴方が反乱を起こせば喜んで馳せ参じそうなヤツの話を信じろと?」

胡乱な目で私を見てくるスメラギ。


「そこは信じろ、一応あれでも【01】を持っとるだろうが」

 政府の筆頭勇者が寝返りNo.1は笑えない。実際私につきそうなところも笑えない。


「……何故俺はあれに勝てないのか」

悔しそうにうめくスメラギ。


 私に言われてもな? まあ、スメラギは性格も戦い方も真っ直ぐすぎるので、人間相手には向いてないのだろう。


「帰って修行でもしろ」

「本当に他意はないのだな?」

「ない」


「では何故、俺に便りがない? 何故塩瀬なのだ? 天魔など、嫉妬で血の涙を流しそうな顔をしていたぞ?」


 心外そうにされても困る。


 貴様とは暑中見舞いを送るような仲ではないだろうが。それを言うと、メガネも同じくそんな仲ではないのだが。


「覚えていたアドレスが報告物を送付することが多かったメガ……塩瀬のものだっただけだな。暑中見舞いを送ったのは気まぐれだ」


「本当に暗殺予告ではないのか?」

「何故そんな面倒なことをせねばならん。ただの暑中見舞いだ」


「暑中見舞いより暗殺予告のほうがやりかねん」

「……」


 確かに私は暑中見舞いを送るようなキャラではないが、予告を出したことはない。


「上の耳に入って、無駄に怯えて秘密裏に様子を見てくるよう命が下った」


 秘密裏とはいったい……。真面目な顔で何を言っているんだこれは。


 そして上の連中はまだ怖がっているのか。

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