第101話 田舎暮らしのスキルレベル

 テンコの部屋を後に、イレイサーの部屋を経由して自分のダンジョンに戻る。


 イレイサーとは分かり合えない。やつらは味噌汁にアブラムシが浮いても平気な人種だ。


 ――半分八つ当たりだが。


 このあたりでは農薬は最小限、というか、アブラムシが許容範囲にいるらしい。それとなく話題を振った麓の豆腐屋も、「虫もつかないような野菜を人間が食うのか?」という答えだったし。


 日々もっと大きなものと戦って勝利を収めているせいで、アブラムシ程度には動じないのだろう。ここで暮らしていると、自分の器の小ささがこう……。


 ご近所から頂く野菜は大変ありがたいのだが、私にとって葉物は危険なのである。許容範囲が狭いと笑えばいい!


 大変やさぐれて、酒を飲んで寝た。


 翌日は、沢登り、菜園の手入れ、草取り。自分の菜園はトマトにつくアブラムシも殲滅している。どこから湧いてくるんだこいつら。


 というか、バジルを寄せ植えしておけば来ないんじゃなかったのか? コンパニオンプランツ、仕事しろ。お前にまで新芽にアブラムシがいるだろうが。どういうことだ。


 いかん、昨日のアブラムシショックが尾を引いている。冷静になろう。


 幸い菜園は狭いので、管理の目が届く。いざとなったらスプレータイプの駆除薬の用意もあるが、今のところ手作業の駆除が間に合っている。


 菜園は順調である。


 太陽と共に気温が上がってきたので、作業の手を止め家の中へ。2、3日前に作ったジンジャーシロップを試そう。


 頂き物の根生姜と山椒の実、自宅ダンジョン産の黒糖とシナモン、ライムの皮だけの簡単ジンジャーエールの元。香りはとても良い、味はどうだろうか?


 グラスに氷、表面を濡らさんと泡だらけになってしまうので、面倒だが一度水に通して濡らしてある。原理は知らん。


 よく冷えた炭酸水を注ぎ、カラカラと混ぜ一口。


 うん、いい味だ。もう少し辛くてもいいか? 強炭酸がドロップしてくれれば嬉しいのだが。


 洗濯する間に掃除をする。……この酒の空き瓶をどうするかが目下の課題。市のダンジョンにある資源回収に出せばいいのは分かっているのだが――仕方がない、古紙共々持ってゆこう。


 ついでに草刈り機を購入するか。柊さんの使っている機種は聞いたのだが、草取りマスターのものは不明だ。


 機種を聞いてどちらがいいか比べたいところだが、生憎そこまで親しくない。連絡先も聞いていないので、聞くとなると家を訪ねるしかないので、ハードルが高いのだ。


 柊さんの使っている機種と、あとは店でお勧めを聞こう。最新機種にいいものがあるかもしれない。


 洗濯物を干し、瓶と古紙を積んで市のダンジョンへ。ダンジョンというか、ダンジョンを中心に広がる外の店舗――この外の部分は、中と区別して、『ダンジョンの駅』と呼ばれる。


 昔あった『道の駅』というものをもじったらしい。ダンジョンの産出物のほか、加工品、近隣の野菜まで売っている店舗、飛び抜けて美味くもないが、不味くもない飲食店、ホームセンターなど色々集まっている。


 とりあえず資源回収ステーションに瓶と古紙を出す。それぞれ重さによってポイントがつき、ダンジョンの駅とダンジョン内の店で使える。


 瓶はそのまま消毒して使われることもあるし、溶かされて作りなおされることもある。醤油、酒、味醂、絞った油、いくらでも用途はある。


 紙の方は、産出するダンジョンが県内にもあるので、瓶ほどポイントは高くない。


「滝月さん?」


 瓶を抱えた草取りマスターがいた。


「こんにちは、妙なところでお会いしました」

口調は前回バレているのだが、一応丁寧に戻す。


 ――こういうところが胡散臭いのかもしれんが。


 一馬が抱えているのは私が贈った酒の瓶のようだ。過去の私、いい仕事をした。


「ちょうどいいところに。すみません、一馬さんが使っている草刈り機のメーカーを教えてください」

なるべく胡散臭くならないよう、微笑んで聞く。


「ああ、時間あるし店で現物教える。口調は崩していいぞ、俺の方が年下だし、名前も呼び捨てでいい」

瓶を所定のボックスに突っ込みながら、時計をチラ見して言う一馬。


 取り繕うのは失敗したようだが、まあ仕方がない。


「すまんが頼む」

「ほいよ」

ポイントカードを抜き取り、返事をして歩き出す一馬。


 迷いのない歩調、草刈り機の販売場所を把握してる気配。


「パワーがあるのは大体重いし、刃もごついけど、どこで何に使うんだ?」

「庭と、一応地域の草刈りに参加できれば」

「庭はともかく、道路ぎわはススキやら笹、小さい木やらだしな。お手軽なやつより、ある程度本格的なやつのほうがいいかな」


 よくわからんのでお任せである。


 ……草刈り機は、農機具の一種だと思うのだが、なんでそんなきらきらした目で選べるんだ? バイクとか車ならまだわかるのだが。


 わざわざついてきてくれるとは、親切な男だな……と、思っていたのだが、半分趣味だな? 半分は親切で、助かったのは確かなので有難いのだが、知らない世界である。ハンドルの種類なんかあるのかこれ。


 一馬チョイスで草刈り機とゴーグルなどを無事購入。ついでにノコギリも。


「草刈り機は結構体力筋力使うが、大丈夫か?」

「なんとかなる」


 この機種で大丈夫かと念を押されたが、一応最近は鍛えているのである。着痩せで腹があれだったのも目立たなかったが、筋肉も目立たない弊害。


 サボりがちだったとはいえ、『生身』でも一通り対人戦の訓練をした過去があるので、普通に一馬を制圧できる自信はあるんだが、田舎暮らしで役に立たないスキルである。


 ――そして帰って試しに草を刈ってみたのだが、使う筋肉が違うのか、使い方が違うのか、見事に筋肉痛を起こした。

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