第76話 蟻

 黒猫への不信と信頼の間で揺れ動きながら、63層をくまなく回る。


 他と比べてやや少ないながら、酒を落とす魔物はちゃんと出た。黒猫、信じてたぞ。


 胃も肝臓も丈夫だし、休肝日も週に二日はとっている。鯨飲したとしても、流石に一人で飲む量ではないのだが、欲しいものは欲しいのである。


 ダンジョン内一泊のつもりで来たのに、すでに帰りたくなってる。カンパチとクロミルガイの刺身で呑みたい。


 普段世話になっている鷹見さんに一枚進呈して、あとは『翠』に何枚か渡してボトルキープをだな? 天ぷら屋と蕎麦屋に回す分も十分ある。


 浮かれつつも初志貫徹ということで、ダンジョンを進む。もしかしたら他の地酒も出るかもしれん。


 64層のスライムはどうでもいい。いや、『北陸のナイロン』『北陸のポリエステル』『北陸の長繊維フィラメント』『北荘の紬』『加賀の絹』『富山の麻』『富山の綿』とか、アイラさん向けの布が落ちたので喜ばしい。


 うん、だが次だ。


 65層。『ボタンエビ』をはじめとしてエビ類、『ランクフルター』とか『ボックヴルスト』とか書いてある絵から判断するにソーセージ類、『坊ちゃんカボチャ』『バターナッツ』……カボチャ類。


 おのれ……っ。


 って、5のつく層はリトルコアがいるのだった。カチカチと音が響いている、倒してきた魔物の中にそんな音を立てるモノはいなかったので、リトルコア決定である。


 音の方に向かい、そっと通路を進む。近くなったところで【隠形おんぎょう】を使い、身を隠す。


 ――隠れてるか? 一応強化をして姿を消すという効果を取得するところまでは行った。だがいかんせん、自身は見えるのでよくわからんのが正直なところ。しかも気配に敏感な魔物には効かない。


 さらに強化を続ければ別なのだろうが、他に優先して強化したい能力があってだな。いくら『強化』のカードが出易くとも、まったく足らん。


 リトルコアは蟻だった。ほぼ巨大な蟻だが、顔は人間と蟻を合わせたような姿をしており、輪郭は人の形、そこに赤い複眼と大きな蟻の口。カチカチ音を立てているのは蟻の牙だ。


 通路に出るリトルコアは、大きなモノもいるが、10層ごとに出るリトルコアと比べて小型のものが多い。代わりに素早かったり攻撃が通らない硬さを持っていたりする。


 今目にしているリトルコアも、黒光する外殻を持っており見るからに硬そうだ。このパターンだと、斬撃に強く、モノによっては魔法も弾く。有効なのは外殻を超えて中にダメージを与えることができる打撃か。


 強化した苦無は外殻を抜けられるだろうが、一応保険で口の中を狙うことにする。柔らかな口の中、喉を狙うのは鎧を纏ったような硬い敵相手のお約束だ。


 蟻は敵だ。直接植物を食べたり吸ったりはしないので、野菜や果物にとっての害虫ではないが、収穫した野菜、特に果物の隙間に入り込んでいて不快なのだ。蟻は個人的に害虫である。


 蟻に近づきながら、【隠形】を解く。蟻にとってはいきなりそばに現れた敵、もしくは餌。なんとも言えない不快な音を出し、牙を剥く。


 開かれた愉快とは言えない造形の口に、苦無を1本投げる。がちりと噛み合う前に、口腔に滑り込む苦無。


 思ったより素早く、喉を通過して内臓に達する前に蟻が身を起こしたせいで、失敗。喉の途中から背後に苦無が抜ける。


 これ、貫通力が低ければ角度が変わっても外殻を抜けられず、中の柔らかいところを進んだんだろうな。まあだが、この蟻の外殻も簡単に破ることができるのは分かった。


 怒った蟻の吐き散らす蟻酸を避けながら、苦無を手元に戻す。


 虫系の魔物は頭を潰しても動くことがあり、ここを潰せば一発! みたいな弱点を持つことが少ない。私にとっては面倒な相手ではある。


 面倒なだけで、倒せないわけではないが。苦無、外殻破れるしな。


 と言うわけで、少し手間がかかったが駆除完了。まあなんだ、細いところを破壊したりしたせいで、絵面的になかなかひどい勝ち方だったが。


 ドロップは『蟻酸』『白顔蟻の硬い外殻』――白かったのか――やらなにやら。食材的には『メイプルシロップ』や各種砂糖。53層で砂糖類は出ているので、新しいのは『メイプルシロップ』だ。


 さて、休憩。


 この層の魔物は殲滅していないが、この通路の魔物は倒している。壁を背に、魔物が移動してくるかもしれない通路を視界におさめ、立ったままお茶を飲む。


 ダンジョン内で泊まるような攻略はもうするつもりはなかったのだが、完全に黒猫に踊らされている。自分の欲望が叶えられているので、文句はないが。


 自給自足の農作業はまったくスローではなかったが、畑に挫折した後もダンジョン攻略ではなく、回復薬の生産を選んだのだが。


 スローライフ、本当にどこいった。

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