第106話 接待

 今日も沢登を終えた後は草取りである。私を嘲笑うかのように元気な草を前に、せっせと草を抜く。


 いっそ芝を植えるのはどうだろう? 他にもなにかあるのだろうが、種類がわからん。綺麗に苔でも生えてくれんものか。


 植物の導入には慎重にならねば。庭家畜の飼料や、土壌流出防止のための植物としてアメリカが日本の葛を導入して、ひどい目にあっている。特に、冬でも暖かい地域では枯れずに元気なままらしい。


 枯れないまま広がり続ける葛……考えただけで怖い。怖い想像をしていたら、人の気配。


 気配を追って下に目をやれば、一馬が野道を歩いてくる。手に袋をぶら下げているので、おそらく佐々木さんからの漬物か野菜のお裾分けだろう。


「こんにちは」

こちらから声をかける。


「こんにちは、早いな。玄関に置いてこうとしたんだが」

一馬の言うように、人を訪ねるには少々早い時間だ。


 陽に合わせてすっかり早起きになってしまったが、冬はゆっくり寝るつもりなのでよしとする。


「これ、沢庵出したからって。あと水茄子。野菜はオクラとピーマン、シシトウ、青唐辛子。シシトウは辛いのあるから気をつけろ」

「辛いのか」

「水切れ起こさせたって言ってたからな」


 キュウリとか虫に齧られると苦くなると聞くが、シシトウは水切れすると辛くなるのか。齧られて苦くなるのは食われないようにだろうが、水切れで辛くなるのは何のためだ?


「……植物とは分かり合えない」

「絶望した顔で言われてもな。まだ涼しいし、手伝ってやろうか?」

「ぜひ」

大歓迎だ、草取りマスター。


 わざわざこんな苦行に参加表明とは、さすが草取りが趣味と言う男は違う。――そしてカートを勧められる私。草取り用の座ったまま移動できるものだそうだ。色々ありすぎじゃないか? 草取りグッズ。


「グランドカバーに何か植えようかと思っているのだが、何かおすすめはあるだろうか」

「グランドカバー、あんま詳しくねぇな。うちは日本家屋で庭もそうだから、あるのはリュウノヒゲくらいだ」


 聞いたら知らない植物きた。名前を聞いても姿形が思い浮かばない罠である。


「草に勝つくらいだ、広がりすぎて手に負えなくなったら怖いぞ。気をつけて選んだ方がいい」

視線は取るべき草に向けながら言う一馬。


 草取りマスターにも知らないことがある。この分では柊さんの分野からも外れそうだな、グランドカバー。柊家も佐々木家の庭も、グランドカバーに頼らなくても綺麗に管理されている。


「草が生えてたほうが夏場の地面の温度は低く抑えられるし、土埃がたたねぇし、いいこともあるんだがな」


「なるほど」

涼しいのはいいな。


「虫だらけになるが」

「却下だ」


 気温は山の緑に頑張ってもらおう。


「さすがに暑くなってきたな、終了しよう。日本酒とビール、魚介があるが、労働の対価は何がいい?」

いっそ金でもいいのだが、流石にその提案は失礼だろう。


「これくらいでいらねぇと返したいところだが、ビールがいいな」

「わかった」


 外の水道で手を洗う。一馬に至っては、頭を水の流れに突っ込んだ。


「ビール、ここで飲んでいくか?」

「いや、まだ昼前だ。強烈な誘惑だが、ツバキにバレると絡まれる」


 大変だな、姉弟。


「ではジンジャーサイダーでも持ってこよう」

熱中症予防に飲ませておかんと。


 一馬を玄関の涼しいところに招き入れ少々待ってもらう。水が垂れとるが、土間なんで問題ない。


 『ペール・エール』……は、ホップやモルトの香りがいい。が、冷やしすぎると香りが立たなくなるので、今回は却下。調べたところ、『ジャーマンピルスナー』が日本のビールに近いようなので、これにしよう。


 なお、日本のビールもあるが、こちらは過去に行ったダンジョンでせっせと溜め込んだ産物なので、補充が効かない。自分用である。


 佐々木さんへの礼はどうするか。昨日市のダンジョンで一般に流したものがいいか? その中でも料理の手間があまりかからんもの――『かまぼこ』の紅白と『三陸のわかめ』、『豊浜の干しアナゴ』にしておこう。


 これらを袋に入れ、盆にジンジャーシロップと炭酸水、グラスを二人分載せて戻る。


「待たせた。好きな濃さにどうぞ、甘さは期待するな。生姜は元は佐々木さんからの頂き物だ」

正しくは佐々木さんと柊さん、両方にいただいて大量になった生姜が元だ。


「サンキュ」


 手洗いのついたカウンターに盆を置き、立ったまま調合。


 氷が入ったグラスに茶色い――黒糖とシナモン入り――ジンジャーシロップをたぱりと落とし、炭酸水を注ぐ。そして溢れる泡。


「辛め! いいなこれ」

「気に入ったなら何よりだ」


 草取りマスターは接待しておかないと。

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