第37話 ノルマ達成

 夕食の準備の前にイクラを仕込む。ほぐす時、塩を入れた温い湯を使う。熱で少し白く濁るのだが、何度か冷たい塩水ですすいでいるうちに綺麗なオレンジに戻る。その間に薄膜や潰れた卵は極力除いてある。


 今回、漬け汁の酒は煮切ったが、食うのは私だけだしそのままでもいいかもしれない。みりんを少なめに、辛口の酒を使ってみようか――。自家製のいいところは自分好みに調整できるところ。冷蔵庫に保管、2日後くらいに食えるはず。


 夕食は豚玉、長芋入りキャベツたっぷりお好み焼きにした。片面にはカリッとした薄い豚バラ、生地はふんわり。琥珀色のアンバービール、強めの苦みと香りがソースの濃い味にもいい。


 夕食後はだらだら過ごしたいところだが、弾丸づくり。


 20層のリトルコアのドロップは、おあつらえ向きに鉱石類だった。スライムが配置された理由が、イレイサーの望む生産品の素材を落とすということなので、都合がいいというよりは順当なのだろう。


 昼間、市のダンジョンで買ってしまったんだがな……。


 ダンジョンで使う弾丸に火薬は使わない。薬室には火薬の代わりに魔石や宝石の粉を配合したものが詰まっている。液体状のものを使うこともあるようだが、とりあえずそれはまだ保留。


 このへんはまとめて装薬と呼ばれるようだが、火薬でないが火薬とも呼ばれたりもするらしい。今まで手を出したことのない分野なので、知識が曖昧だ。


 他の弾丸生産者と交流することもないし、名称はどうでもいいだろう。外の弾丸の構造なども勉強した方がいいかとも思ったが、かえって混乱するという意見も散見していたのでパスした。


 弾頭の形より何より、使う素材と詰め込む装薬に性能が左右されるので、あまり外でのことは気にしなくていいようだ。特に銃が生産品ではなく、『運命の選択』で得た武器ならばなおさら。


 そういうわけで、ダンジョンで使う弾はケースと雷管、弾頭、中に詰める装薬が基本。


 薬莢ケースの大量生産、雷管――発火金とカップの大量生産――。能力が足らんところは、同じ型を複数用意したり、道具で補完。いや、この辺はできているものを買ってしまってもいいのだが、性格的につい。薬の瓶と同じだな、自分で作らんと気が済まん。


 レンの使うハンドガン、装薬は細かい方がいいらしい。これはもう市の生産ブースでほろ酔いでごりごりしたものがある。


 使う金属と、装薬の種類はネットで調べたものを参考に50ずつ組み合わせを変えて生産。面倒だが、薬と同じできっちり量を計る系なので得意だ。なにより化身なら、気力体力が落ちない限り、疲れ目や肩こりの心配がない。


 時間がかかったが、とりあえず目標数を達成。次回からはもう少しタイムを縮めたいところ。


 種類ごとに紙箱に収め、薬の類と一緒にイレイサーとやりとりするための箱に入れる。弾丸は薬と違って劣化しないので、3週分まとめて。その旨も誤解のないようメモをつけておこう。


 ツバキたちに紹介してもらえば、腕のいい生産者から買えると思うのだが。いや、本来の武器ではなく、イレイサーの武器が銃だと不審がられるか。グローブと銃と、どっちがどっちなのだろう。


 とりあえず、ノルマ達成! しばらく自由の身だ。


 書斎でお茶を飲みながらオークションをチェック。寝椅子、寝椅子に入札。ついで、枕のようなクッション、上掛け――いや、布製品は市のダンジョンで普通に買ったほうがいいな。


 【収納】持ちでない攻略者はダンジョン内では大抵寝袋。さすがに毎回『ブランクカード』を消耗することは避けている。なので、この寝椅子は外で使いたい人か、個人ブースを持つ生産者向けの出品。


 カード5枚までは送料が変わらないので、なにか同じギルドからの出品でいくつか――よし、弁当箱にしよう。このダンジョン、木製品と革製品が多いのか。では生産ブース用の机、椅子、棚あたりで良いものがあれば……。


 好みのもので手を止めては、写真と評価、自己紹介などをチェック。ああ、うん。同じ生産者か。できれば長く使いたいので、少々値が張っても……うーん。悩みながらも入札。あとは競る人が現れんよう祈って、明日の終了間際に覗こう。


 夜中過ぎの時間、風呂に入る。一人暮らしなので、風呂も飯の時間も自由だ。山の奥の一軒家に近いので、洗濯機だって回せるのだ。


 脱衣所兼ランドリースペースは広くとってあり、雨の日はここに干せるし、アイロン掛けの場所もあるし、リネン類どころか下着類をしまう場所もある。なぜなら洗濯が面倒なので、1箇所で済ませたいから。


 北側だが、大きな窓をつけ、直接出られる外にはウッドデッキというか洗濯物を干す場所。出入り口は2つで、片方は寝室に続くクローゼットというものぐさ極意の間取り。


 ちなみにカビが嫌なので、浴室だけ出っ張らせた。風呂に浸かりながら窓から外の景色を見たくて、こちらも周囲に人気がないことをいいことに、大きな窓をつけたのだが――、湯気の結露で見えなかったね! 窓を全開にして入れば別だが。


 夜は窓という窓にシャッターを降ろして眠る。山の中は寝ている間に氾濫した魔物が来る可能性もあるため、大抵の家はシャッター付き。ルーバーシャッターにしたので、圧迫感は少ないし、風通しもいい。


 今日は目覚ましをかけずに寝るか。明日は少し怠惰に過ごしてもいいだろう。


 ――と、思ったんんですけどね。庭の草が許してくれませんでした。新緑の季節、新芽や枝葉を伸ばすのは木々だけにしてくれんものか。

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