第95話 依頼は普通に

「売るのは構わんが、補修は誰が?」

私は能力的にできないことはないが、できるようになるまで時間がかかる。


「私が。補修くらいなら、ね」

テンコが笑う。


「能力は付与だと記憶していたが」

「ええ。分岐は宝石と紙への付与を伸ばしているわ。布への付与もできるけれど、お金にならないの」

微かな苦笑を浮かべるテンコ。


 布や革、金属は、アイラさんやツツジさんのような武器防具の生産者が、生産過程で刺繍や染色、その他の加工で素材の能力を引き出したり上積みする方が効率がいい。


 完成品に後から付与することもできるが、大抵一時的なものになり、一定時間で効果が消える。後から全体に付与することを前提に整えたものであるなら別だが、そうでない装備に恒久的な付与がかけられる人物を私は一人しか知らない。


「布を扱うの好きなんでしょ? 好きな能力伸ばしたらよかったのに」

レンが口を尖らせる。


 どうやらイレイサーとテンコとは交流を持っているようだ。そういえば、ダンジョン攻略を手伝ってもらうとかなんとか言っていたな。


「お金はもっと好きなの」

愉悦とも妖艶とも見え、そして少し違うなんとも言えない笑みを口に浮かべるテンコ。


「それに布を触っている時間は楽しいもの。手作業のほうがいいわ」


 どうやら私と同じく手作業で布装備の生産をするようだ。いや、補修特化かもしれんが。


 基本私は攻撃は避ける方向なので、あまり補修の依頼と縁がないのだが、レンはすごくありそうだ。


「どうぞ」

ユキが緑茶を配る。


 いや、待て。濃い。


 濃いお茶は嫌いではないが、香りはなく渋みばかりが口に残る。――黒猫がイレイサーの料理の感想を言っていたな? レンかと思ったらユキがダメなのか? 止めないところを見ると、レンもダメな気配がする。


 手をつけないテンコ、レンは普通に飲んでいる。常飲すると胃がやられそうな濃さだが……。『化身』ならば回復薬が効くか。新手の修行か何かだろうか?


「『平織りのロータス』『スーパーファインメリノウール』『光のカシミア』だったかしら?」

「ああ」

テンコが確認してくる。


「数を全部10ずつほどもらえるかしら? 金額はこれくらいで」


 数と言えば、カードの数字を合わせたもの、10枚と言えばカードの数。持っているカードによっては数はピッタリ10とはいかないこともある。高いとも安いとも言えない値段の提示。


「テンコが払うのか?」

要望のあった布もレンの口にした『光のカシミア』だけでなく、全部である。


「布はね、趣味を兼ねているの。使った分はちゃんとイレイサーに請求するわ」

「払う、払う」

レンが湯呑みを片手に言う。


「なるほど」


 テンコは金になるから生産をしてるのかと思っておったが、基本的に作ることは好きなのか。適当な金になるから作っている私とは違うな。


「『近江上布おうみじょうふ』『和泉木綿いずみもめん』『丹後ちりめん』もあるが、どうする?」

「それもお願い。全部数を10ずつ」


 きっちり代金を決め、取引する。なんというか、後腐れのない取引なため当初の思惑のように「代わりに付与を」とはならない。が、普通に取引しやすいなこれ。


「私からは付与を頼みたいのだが、手が空く時期はあるだろうか?」

売買はすぐに済むが、生産の方は時間を取らせることになる。


「何にどんな付与をかによるわね」

「宝石に。カフスやラペルピンあたりになる大きさで、付与の種類は即死回避系だと嬉しいが、無茶なようならば防御の向上で」


「高いわよ? さっきの布を100ずつでも足りない。その付与に耐えられる宝石がまず手に入らない、手に入ったとしても失敗する確率が高い、付与の触媒も高い――」


 ダメ元で聞いてみたのだが、高いと言うことは即死回避系の付与もできるのか。付与の成否は安定せんようだが、そもそも即死回避系の付与はできる者が少ないのだ。


「高いのは覚悟をしよう。宝石はこの辺りでは無理か?」

私の持っている宝石のカードを2枚ほど晒す。


「【開封】しないとわからないわ。私は【鑑定】持ちじゃないから」

基本、カードの模様で誰でもドロップしたダンジョンは判別がつくが、どの層――どの魔物が落としたドロップかは、『運命の選択』で得た【鑑定】持ちか、ドロップした本人が【鑑定】しない限り見えない。


 本人の【鑑定】は、能力カードから得た【鑑定】でも、時々落ちる鑑定の効果があるカードの使用でも、なんでも構わんのだが、そもそも本人なら覚えてるしな。


「三年前、新潟で海から上陸してきたリトルコアからのドロップカードだ」

「三年前と言えば、レベル150超えと言われたあの? 天魔様が倒したあのリトルコア!?」

テンコが感情をあらわにする。


 様がついとるのか、政府の勇者。


「あ! 俺も流石に知ってる!!」

「あの時現場にいたんですか?」

「しかもカードがあるってことは戦闘に参加したんだ?」


 レンとユキが話に食いついてきた。


 ちなみに外に出てきたリトルコアについては、倒せるレベルの者の到着まで、そばにいた者ができる範囲で足止めをすることが普通。なので私が現場にいてもおかしくはない。


 ドロップカードはリトルコアにダメージを与えるか、リトルコアを倒した者に回復などの支援をした者の前に現れる。私も回復薬を投げたことにしておけば問題ない。


 ……うっかり、3人から話を聞きたいムーブで、キラキラした目を向けられているのだが、問題はないはず。

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