第21話 鷹見さん

 今回連れて行かれたところは、市のダンジョンちゅうしんちから少し離れた小体な店。開かれた門扉から玄関まで短い庭があり、ちょうど店員さんが暖簾をかけているところ。そして待っていた数組の客が、建物の中に入ってゆく。


 外から暖簾は見えないので、隠れ家的店のようだ。入るとカウンター席、胡麻油の匂い。なるほど天ぷら屋か。


 いいな、胡麻油。近辺ではラードは格安だが、植物油はものすごく高いのだ。


「今日は個室でしたね、奥へどうぞ」

案内の女性がこちらにたどり着く前に、カウンターの中から店主らしき人が声をかけてくる。


 いつもはカウンターなんだな? さては。鷹見さんはここも常連なのか、羨ましい。


 店員さんの後をついて、奥の個室に進む。個室はざっと確認したところ、4つほどしかない。天ぷら屋だし、カウンターがメインなのかもしれないが、ここも予約が取り難そうだ。


 最初に連れて行ってもらった店は、私が月一の電話での予約競争の挙句、ようやく勝ったと思ったら、初めての方の一人での予約は受けていないと言われてしまった店だ。おのれ……っ!


 2度目からは1人でカウンター席も受けてくれるので、予約は取れるようになったのだが、今度は予約競争に負けている。


 テーブルに置かれたお盆には手拭きと箸が並んでいたが、すぐに店員さんが出汁、塩、レモンが入った小皿を配置。それと、今日できるものです、と言って野菜の名前が毛筆で書かれた紙をテーブルの端に置く。


「どうぞ」

「ありがとうございます」

鷹見さんが酒のメニューを渡してくる。


「基本コースしかありませんが、一品だけ好きなネタを提供いたします。途中でお伺いしますので、そちらのメニューからでも、コース中に食べたものからでも好きなものを選んでください」

店員さんが説明して一旦下がり、先付けを持って来た。


 このタイミングで飲み物を注文する。酒のメニューにはワインやウイスキーもあったが、ここはやはり日本酒で。油物だし、すっきりか辛口か。正直日本酒にそこまで詳しくないので、お品書きの紹介で選んだ。


 先付けは、わさびの添えられた汲み上げ湯葉。優しい味に鼻に抜けるわさびの刺激。


 天ぷらは、小さなたけのこ、蕗のとう、コゴミ――ほどよいタイミングで揚げたてが運ばれてくる。


 この辺で採れるものばかりだが、職人が揚げるとこうも違うのか。自分で揚げると、どうしても油っぽいんだよな。一つ二つはいいのだが、徐々に口に油が残ってゆく。この店の天ぷらはそれがない。


 姫皮や包葉に包まれた育ちかけのものに特有な匂いなのか? 筍はかすかにヤングコーンに似た香りがする。蕗のとうはほろ苦く、コゴミはさくりと。酒の種類も正解だったようだ、天ぷらによく合う。


「かなり珍しいダンジョンのようですね」

私が酒を置くと、鷹見さんが聞いてくる。


「ああ。魚も嬉しかったが、鶏が丸のまま出たのには驚いた。私の食い意地が張っているせいか、家に出たダンジョンも食べ物関係のようだ。紹介したいという店はここか?」


 美味いけれど、私のダンジョンのドロップは今のところ不向きな気がする。野菜類はこの辺りで普通に生産されている玉ねぎだし、アジはフライならともかく天ぷら? と思ってしまう。かしわ天か?


「いえ、紹介したい店は実はまだ開店準備中なので、昼間オオツキさんの時間の取れるときにご案内します。――他で寿司屋をしていた方なのですが、前回の上陸で被害にあわれまして」

「ああ……」

数ヶ月前、ニュースで大々的に報じられていた場所か。


 氾濫した魔物の中で、強いものは大抵海から来る。山の中も人の目は届きづらいが、最初に遭遇する魔物は浅い層の魔物が多い。


 浅い層の魔物ならば、大抵遭遇した人も『化身』に変わって討伐してしまうし、遭遇の報告があれば、すぐに政府や冒険者ギルドが調査をし、ダンジョンを特定するため、大きな被害は抑えられる。


 気づかれずに深い層のリトルコアまで出てくる、ということはまずない。山の中は普通の熊の被害の方が多いくらいだ。


 だが海から来る魔物は違う。まず、ダンジョンの特定が困難。最初のリトルコアの討伐が遅れると、次の階層のリトルコアも出てくる。深い階層の魔物も海には溢れている。


 大抵、海の中が生息域なため、船舶以外の被害は免れているが、たまに陸に上がれる魔物が出現すると、被害が大きい。怪獣映画並みだ。ダンジョン内と同じく、リトルコアの側では銃火器の類が使えない。弾頭だけなら届くので、リトルコアの影響の範囲外から撃つくらいか?


 自衛隊をはじめ、政府にもダンジョンの魔物に対する専門の集団があるが、最初に駆けつけ魔物を足止めするのは、攻略者などと呼ばれる冒険者なことが多い。特に襲われやすい海岸沿いの町では冒険者はヒーローだ。


 空の魔物もいるのだが、そちらは無人島のダンジョンから発生しているものが多い。幸いなことに、空を飛ぶタイプの魔物は少なく、長距離を飛ぶ魔物はさらに限られる。まあ、現れると一番被害が大きいのだが。


「店は続けたいけれど、生まれたばかりのお孫さんのためにも、海から離れる決断をされたそうで、それならうちに店を移さないかと打診いたしました」

鷹見さんは、俺と同じく食い道楽だが、それだけでなく市と共同でここを食の町として活性化させる仕事をしている。


 半引きこもりの私とは違って、顔も広くアグレッシブな人である。そうでないと、この年――私より少し上――で地方とはいえ、冒険者ギルドの局長にはなれないだろう。


「アジ以外に魚が出るか保証がないぞ」

アカアジは調べたところ、だいたいマアジと同じ扱いでよさそうだった。尾ビレや胸ビレが綺麗な朱色をしていて、まだ食べていないが美味しい魚だそうだ。


 黄金アジは美味しかったです。

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