5.決意
——うちで、一緒にJPBを目指しませんか?
あまりにも急すぎて、その場では答えが出せなかった。一旦、契約するかどうかの判断を保留にさせてもらった。考える時間が欲しかった。細かい条件は契約時に詰めるということだったが、年俸などの基本的な条件は提示して貰えた。
取りあえず年俸は240万円。JPBの最低保証額と同額であり、クラブチームとしては破格の条件である。独立リーグ等では日々の生活が出来ないほどの給料しか貰えず、アルバイトや他の仕事をしながらプレーを続ける選手も少なくない。そこに+αのボーナスがあるとのことだったし、しかもコンディショニング等の費用は球団が負担してくれるという。社会人チームなら仕事をしながらプレーできるからもう少し良い収入になるのかもしれないけれど、まあそんなのは既に社会人チームに断りを入れた彼には一切関係のない話である。
——そして何より、まだ投げるチャンスがある……。そもそも野球を辞めるなんて考えたのは、今後暮らしていくために辞めるしかないと思ったからであって、もともと辞めたいと思っていたわけでもない。でも、もしこれでドラフトに引っかかれなかったとしたら……、この先どうなるんだろう?
その場で契約すると決断できなかったのは、また指名漏れするんじゃないかなどという漠然とした不安があったからだろう。正直なところ、ドラフト前にはあれだけ「俺はプロで通用する」という自信があったのに、今やすっかりその自信は無くなっていた。そしてその自信の無さは、自分の行く末を考えるときに、「もし上手くいかなかったら……」というネガティブな要素の存在感を無駄に際立たせていた。
——燃え尽きて、ないんじゃないか。
唐突に、頭の中で小澤の言葉が響く。
——お前良いボール持ってんのに、ここで止めるなんて勿体ないと思うけど。
加藤の声まで……。
——野球、俺に諦められんのかな……。
どうなんだろう?
あまりにも考えがまとまらないので、小澤に相談してみることにした。監督なら、きっと俺みたいな立場の選手をこれまで何人も見てきたはずだと思って。
電話を掛けようとスマホを手に取り、画面ロックを外したその時、メールが小澤からきていることに気が付いた。何だろうと思ってメールを開く。
『後悔しない選択をしろ』
たった一文の短いメール。しかし、的確な言葉。
——うちで、一緒にJPBを目指しませんか?
もう一度、林の言葉が頭をよぎる。
——俺は、俺は……、もう一度、マウンドに立ちたい……。どこまでいけるのかなんてわかったもんじゃないが……、最後にもうひと足掻きしてやろうじゃねえか。たとえドラフトでもう一回指名漏れするんだとしても、たとえ限界までやってもJPBに手が届かないんだとしても、『燃え尽きた』って胸張って言えるまでやってやろうじゃねえか。
これが、悩んだ末にたどり着いた答えであった。
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