214.空気②
「打った! しかしこれはショート正面! 6―4―3と渡ってダブルプレー! ムーンズ、この回ノーアウトランナー1、2塁のチャンスに無得点で攻撃を終えてしまいました!」
「うーん、繋がらないですねぇ。ランナーが出ていない訳じゃないんですけど、あと1本が出ないですよねぇ」
6月4日の木曜日、仙台での東京アーバンズ戦。小雨が降る中での試合は、3対0で東京アーバンズのリードで5回の裏を終えた。
「何か今日も噛み合わねぇな。ヒットはこっちの方が出てるし、特に大きなミスがあったって訳でもないのになぁ」
ブルペンでテレビを見ながらストレッチしている青原が、誰に向かってという訳でも無く言葉を漏らす。
ここまでヒットは6本出ているのに、チャンスで打てずに無得点。向こうは今日唯一のフォアボールを足掛かりにそこから3連打で効果的に得点してヒット4本で3得点。ちぐはぐな感じの攻守が続いて、いつの間にか試合は相手ペースで進んでいる。
——なるほど、これが今のチームの雰囲気なのか……
何でこんな空気になっているのかが分かる人は、多分いない。何となく悪いムードがチーム内に蔓延っているなと感じているもののどうすれば良いのか分からず、どうすることも出来ずにズルズルここまで来てしまった、という感じなのだろう。
——でも、俺がこの雰囲気に呑まれちゃダメだ……
この場で唯一、高橋は連敗に関係無い。せっかくこのタイミングで一軍に戻ってきたのだ、ここでチームの連敗を止める仕事をしなくては。
「ボール! フォアボール! 6回の表、東京アーバンズの攻撃。この回先頭の中林、8球粘ってフォアボールで出塁です」
——うーん、イマイチ流れが……
「高橋! 用意してくれ! 2番に回ったところで行くぞ!」
ベンチに繋がる電話の受話器を握りしめた木山が、振り返って指示を飛ばす。
「ウス!」
勢いよく椅子から立ち上がった高橋はその傍らに置いていたグラブを手に取ると、ブルペンへと駆け出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「東北クレシェントムーンズ、選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー、森本に代わりまして——、高橋ィ龍平! 背番号53!」
自分の名前が呼ばれたのを確認して、ベンチを飛び出す。
「……頼むぞ」
「はい!」
グラウンドに一歩踏み出したその時、選手交代を告げる為にグラウンドに出ていた白石がすれ違いざまに声を掛けてきた。恐らく、他の人には聞こえない位の声。表情こそいつも通りだったけれど、いつもの包容力のある口調ではなくどこか切羽詰まった感じのトーン。
——白石さん……
連敗が続いているということで、恐らく監督の白石にはとてつもない重圧がのしかかっているのだろう。上手くいっていないことの批判は自然と監督に集まるものだし、まして選手にのびのびプレーさせようと何かあれば進んで矢面に立とうとする白石のことだ、負けが続いていることの責任を背負い込んでいるに違いない。
——俺が、こんな空気変えてやる……!
「任せて下さいよ、白石さん」
高橋は振り返ること無くそう言い残して、ブルペンへと駆け出した。
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