112.仕上がり


 2月も最終週となり、いよいよキャンプも最後の1週間になった。まだ独自調整の許されている一部のベテラン選手は各々のペースで開幕に向けて準備を進めているものの、大半の選手はだんだんと仕上がってきて、一つ一つの精度が上がってきた時期である。



「福原、次で60球!」

「じゃあラストで、外角低めの真っ直ぐ!」


「青原さん、今ので50球目です!」

「じゃあ、あと2、3球かな。次、クイックで縦のスライダー、右バッターの膝元から落とすヤツで!」


 パチィーン!

 パーン!


 キャッチャーが構えたミットに、寸分の狂いも無く吸い込まれていく。


「良いボールだぁ!」

「ナイスボール!」


 ブルペンに、スタッフさんと選手の声、それにボールがキャッチャーミット

 の革を叩く音が響き渡る。


 ——これが年間50試合とか60試合とか投げるピッチャーの球か……!


 福原も青原も、リリーフでありながら最速150キロ弱というプロにおいてはそこまで速い球を投げるタイプのピッチャーではないが、一球一球精度の高いボールを投げ込んで打者を翻弄するピッチャーである。青原は一時期守護神を務めたほどのピッチャーで、福原もムーンズの『勝利の方程式』の一角としてブルペンに欠かせない存在だ。


「高橋も次で60球だぞー!」

「うす! じゃあ次でラストで! 左バッターの外に逃げていくスライダー!」

「OK!」


 セットポジションから足を振り上げて、一呼吸置いてから右手で壁を作って、体重移動。右足をクロスステップで踏み出して、サイドハンドから思いっきり腕を振り抜く。


 若干引っかかり気味のボールは、左バッターから見て外側からさらに外へとグググッと曲がり落ちて、地面を叩いてからミットの中へ。


 ——あー、くっそ! これじゃ振ってもらえねぇよ!


「あー、すいません! もう一球! スライダー!」

「はいよ!」


 返球されたボールを受け取って、もう一度セットポジションに入る。足を上げて、セカンドベース方向に大きく振ってから、クロスステップで足を踏み出す。体重を踏み出した右足に乗せつつ、力一杯に腕を振る。


 指先を離れたボールは、今度は思ったコースへ。ストライクゾーンから外のボールゾーンへククッと逃げていく。


 パチーン!


「よっしゃー! ナイスボール!」

「ありがとうございます! 最後、キャッチボールして上がります!」

「あいよ!」


 ——こういうとこだよなぁ……


 この一球、という場面で思い通りのボールが投げられるかどうかは、勝負の行方を左右する。イニングの途中、ピンチの中でマウンドに上がることもあるから、この一球が致命傷になる可能性もある。試合を左右する場面を任される立場なのだから、こういうところでそんな球が行ってしまう様なピッチャーなんて、そうそう登板機会を与えられる訳が無い。


 ——ここはシーズン始まっても取り組み続けなきゃいけない課題になりそうだなぁ……


 キャンプ終盤になるにつれてより強く感じる、一軍で投げ続けてきたピッチャーとの差。自分には無いものがある。


 ——でも、俺には俺にしかないものも持ってる。俺に期待してくれてる人たちだっている。俺の持ってるものをアピールしつつ、精度を求めていくしかない、よな。


 生き残っていく為に何が足りていないのか、ここにきてはっきりしつつあった。



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