157.勝負する相手はバッターだけじゃない②
「た、タイムお願いします!」
ボールをこねながら、水谷が小走りでマウンドに来る。
「ごめん、ランナーに気を取られちゃった。」
「いや、しょうがないっすよ、アイツは。あれがあるからプロになった様なヤツですもん。それより、次、どうします?」
「うーん、ここから2、3、4番かぁ……」
ここから左バッターが続く打順なのだが、上位打線を任されている、打撃力のある選手達である。左対左はピッチャー有利と言われるけれど、バッティングを売りにしている左バッターよりは守備・走塁が武器の右バッターの方がよっぽど抑えやすいし、左バッターでも抑えるのがひと苦労なバッターなどプロにはいくらでもいる。だからそういうバッターの前にはなるべくランナーを出さず、打たれても失点しないような状況を作っておきたいところなのだ。つくづく、上位打線に回る前にランナーを出してしまったのが悔やまれる。
「あの……」
水谷がチラッとクラフトマンズのベンチを見てから、唐突に切り出す。
「僕の勘でしかないんですけど、2番にセーフティバントさせて揺さぶろうとしてくる気がします……。もし1塁アウトになっても普通に送りバントですし。」
「なるほど、確かに……」
確かに、一理あるな、と思う。今のフォアボールは明らかにランナーの揺さぶりによるものなのは間違いないし、さらに揺さぶって崩そうとしてくることは十分考えられる。それに、例え普通の送りバントになったとしても2アウトランナー2、3塁でクリーンアップを迎えることになる。
「あの、カウント悪くなっちゃうかもしれないんですけど、何球かインハイ攻めていきません?」
——ここで揺さぶられて崩されるのは避けたいしな……
「オッケー、そうしよう。で、3番の中野は抑えられる気がするから、そこは勝負で。」
「はい!」
主審が手元の時計に視線を落としたところで、水谷が礼を言いながら守備位置に戻る。
「バッターは、2番、ライト、富田。ライト、富田。背番号66。」
小柄なバッターが、2、3度思いっきりバットを振ってから、左打席に入る。
——あ、これバントしてくるわ……
恐らく、打席に入る前の素振りは、打つ気満々だというアピールなのだろう。が、それが何となくわざとらしい。第一、この選手はそんなに大振りするタイプではないはずだ。作戦を悟られないように表情を取り繕ったり、演技したりすることはよくあるのだが、それがあまりに露骨だと逆に何か仕掛けてくるだろうという疑念が生じる。今回のは、その典型である。
水谷のサインを確認して、セットポジションに入る。出してきたサインは打ち合わせ通り、インハイへのストレート。一番バントが難しいボールだ。
セカンドランナーを一度目で牽制してから、小さく足を上げる。それと同時に各ランナーが大きく大にリードを取り、富田がバットを寝かせてバントの構えに入る。
——やっぱりね……!
クロスステップで踏み出した足にしっかりと体重を乗せ、思いっきり腕を振る。リリースされたボールが、シュルルルッと風を切る。
「ひっ……!」
インハイに来た速球に、思わず富田の腰が引ける。
コツッ!
「ヤバッ……!」
「オーライ!」
バットの上っ面に当たったボールがピッチャー前に上がって、小フライになる。それを見て大きくリードを取っていた2人のランナーが、慌てて引き返す。投げてすぐに打球を処理する為にダッシュしてきた高橋がグラブを出す。
——あ、引っかけられるわ、これ……
落ちてきたボールに出したグラブを引く。
「うわっ……!」
それを見たランナー2人が、慌ててもう一度スタートを切り直す。ポテッと落ちたボールをすぐさま拾い上げる。
「サード!」
水谷がサードを指差す。それに従って、サードへ送球。
「アウト!」
「セカンッ!」
水谷の指示が飛ぶ。高橋からの送球をうけたサードがサッと体の向きを変えてセカンドへ送球。ファーストランナーの塩井がヘッドスライディングで、土煙を上げながらセカンドベースに飛び込む。
「アウトォ!」
——よっしゃぁ!
二塁審の力強いコールが響くと同時に、高橋は大きく左手でガッツポーズを作った。
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