157.勝負する相手はバッターだけじゃない①
「1番、ライト、塩井。ライト、塩井。背番号8。」
2、3回素振りして、右打席に塩井が入る。1アウトランナー1塁という状況でファーストランナーは俊足、そして打順は1番。足を使った攻撃に気を付けなければならない場面。
水谷のサインを確認して、セットポジションに入る。
——やっぱりそう来るよね……
ファーストランナーの中岡が、かなり大きなリードをとってその存在をアピールし、揺さぶりを掛けてくる。ここまで露骨に自分の存在をアピールしてくるということは多分盗塁してくることはないと思うのだが、それでもあんまりチョロチョロされると気になってしまう。相手がそれを狙ってやってきているのだと分かっていても。
セットポジションから足を上げて、
「走った!」
——ポーズか!?
ファーストランナーを気にしながら、腕を振る。ランナーの中岡は数歩だけダッシュするスタートの構えだけ見せて、そこで留まる。
「ボール!」
低めを狙ったボールが外れる。サウスポーであるが故、どうしても投げる瞬間にランナーの中岡がチョロチョロ動いているのが視界の端に入ってくる。こちらのペースを乱すのが目的で、そこに意識を持って行かれたらダメだということを頭では分かっている。が、それでもまるで顔の前を小さな虫が飛び交っているかの如く、取るに足らないことだと分かっていても気になってしまう。
「ボール!」
「ストライク!」
「ボール!」
——くっそ、投げ辛ぇ……
ランナーを溜めたくもないし、ストライク先行で投げたい場面。だが、ランナーに気を取られてコントロールを乱してしまった。これで3ボール1ストライク、もうストライクを投げるしかなくなった。
——さて、どうするか……
ちょっとコントロールがズレただけでボールになる変化球は投げにくい。となればストレートしかなくなるが、相手だってそれを分かっているからストレートにヤマを張ってくるはず。しかも、ストライクゾーンに来るのが分かりきっている状況。そこまでの状況下であれば、いくらキレの良いボールを投げたって打たれる可能性は往々にしてある。二軍にいるとはいえ相手だってプロなのだ。
——長打を打たれる位ならフォアボールの方がマシか? いや、でもそれだと得点圏にランナー進めることになるし、そもそもランナーを溜めたくないしな……
水谷も悩んだらしく、少し時間を掛けてからサインを出す。出されたサインは内角に切れ込んでいくスクリュー。ストライクゾーンからボールに落とす、という軌道のボールを要求してきた。
——フォアボールでも仕方ない、ってことか……
サインに頷いて、セットポジションに入る。そこから足を上げ、ビュッと腕を振る。
「ボール! ボールフォア!」
カウントに余裕があった塩井は、変化球は見逃すつもりだったらしい。変化球だと分かった瞬間に打つ気を失くしたかのように棒立ちになって、ボールを見送った。
これで1アウトランナー1、2塁。ピンチを招いてしまった。
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