156.連投③
「9番、ショート、中岡。ショート、中岡。背番号58。」
——足速そうな選手だなぁ……
身長は多分高橋と同じ位、そして細身でスラッとした体形。こういう小柄な選手がプロの世界で生きていく時に武器とするのは、脚力と守備力だと相場は決まっている。ピッチャーにも当てはまることだが、体格に恵まれた選手相手に純粋な力で対抗するのは限界がある。無論、努力である程度は太刀打ち出来る様になるだろうが、素質がある人が努力したなら、それには敵わない。プロには才能や体格に恵まれながらそれに奢らず鍛錬を続ける人間が集まっているのだから、パワーを追い求めると周りに埋もれてしまう可能性が高い。
水谷のサインを確認して、セットポジションに入る。出されたサインは外角低めへのストレート、クロスファイアの軌道で左バッターからは逃げていくように見えるボールだ。
セットポジションから足を大きく振り上げて、クロスステップで踏み出す。踏み出した右足に体重を乗せ、コンパクトに、されど鋭く左腕を振り抜く。リリースの瞬間、しっかり縫い目が指に掛かったのが分かった。
——っ!
だが、ボールは狙ったところより少し内側に入ってくる。高さこそ膝とほぼ同じだが、コースが甘い。
パチーン!
「ストォライッ!」
主審の声がグラウンドに響くと、中岡が「え、今のがストライクなの?」と言いたげな表情を浮かべる。明らかにホームベース上を通過していく軌道のボールだったから、低すぎると思ったのであろう。
——よし、これで1ストライク……
つくづく、初球でストライクを取れるかどうかは大きいことだよな、と思う。組み立ての幅が広がるというのもあるし、バッターとしても追い込まれたくないからストライクゾーンを広げて待っていることも多い。すなわち、初球でストライクを取れれば2、3球目で追い込める確率も高くなる。実際データにもそれは表れていて、初球をストライクにするかボールにするかで被出塁率が1割近く変わってくる。
次に水谷が出してきたサインは内角に切り込んでいくスクリュー。ストライクゾーンからボールに変化していくコース。そのサインに頷いて、セットポジションに入る。そこから足を振り上げて、クロスステップで着地。軸足から踏み込んだ右足に体重を移して、その力を腕に伝えて振り抜く。
——良い感じ!
しっかり指に掛かったボールは、途中まで左バッターの内角を突く軌道でバッターに向かう。中岡はそのボールにしっかり踏み込んで、最短距離でコンパクトに捉えに来る。が、そこからボールはするするっと曲がり落ちていく。
「——っ!」
出しかかったバットを、必死に止めようと全身に力を込める。
カツンッ……。
——嘘だろ……!?
止めたバットに、ボールが当たる。そしてあろうことか、ボテボテと転がるボールがフェアゾーンへ。サードがダッシュしてきてボールを拾い上げる。が、時既に遅し。
「投げるな!」
快足を飛ばした中岡が、颯爽と1塁を駆け抜けるのを、止める術は無かった。
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