155.連投②


「東北クレシェントムーンズ、選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、都築

 に代わりまして、高橋。ピッチャー高橋、背番号53。」


 コールを受けつつ、投球練習を始める。


 ——あれ、そういや連投するのって……


 今まで、連投した記憶がほとんど無い。強いて言えば、高校の夏大会、準決勝、決勝で2試合連続で先発した時くらいだったはずだ。大学では先発を3人で回していたし、ネイチャーズでは怪我の影響もあって登板機会があまり無かった。少なくとも、フォームをサイドスローに変えてから連投するのは間違いなくこれが初めてである。


「6回の裏、大江戸クラフトマンズの攻撃は、8番、キャッチャー、戸田。キャッチャー、戸田。背番号57。」


 規定の投球練習を終えると、細身の右バッターが打席に入る。


 ——知らない選手だな。ってことは、ほとんど一軍に出たことのない若手、なのかな……?


 見たところ若そうなのもあるし、この前のオープン戦の時に見た覚えも無い。キャッチャーというのはよく経験がものを言うポジションだと言われ、また他のポジションとの共通の動きがほぼ無いこともあって若手が出場機会を得るのが最も難しいポジションである。恐らくこの選手も、まだまだ二軍で経験を積んでいる段階なのだろう。


 今日もマスクを被る水谷とのサイン交換を終え、セットポジションに入る。水谷の出してきたサインはインコースへのストレート。


 ——まずは確実にストライクを……


 足を大きく振り上げて、そこからクロスステップで踏み出す。そこから一気に体を回転させ、その力を腕に伝えて鋭く振り抜く。


 リリースされたボールは、シュルルルっと風を切った後、パチーン! という革の音を響かせる。


「ストライク!」


 バッターボックスの戸田は全く打つ気が無い、と言う様な様子で見送ってきた。


 ——軌道を見てきた? それとも何かデータがあるのか……?


 ただ単に初球打ちして相手を助けない様に、というだけの事だったのかもしれないが、こうも自信ありげに見送られると何かあるんじゃないかと勘繰ってしまう。


 ——次、どうする?


 戸田の表情を伺いつつ、水谷のサインを覗き込む。出されたサインはストレート、初球と同じ様なボール。


 ——なるほどね。


 さっきの反応だと、何を狙ってきてるのかイマイチよく分からない。パッと見ではパワーヒッターという訳でもなさそうだし、厳しく攻めていかなければならない場面でもない。ならば、単打ならオッケー、くらいの気持ちで投げていこう、ということだろう。


 ——さっきより、ちょっと強めに投げ込んでおくか……


 同じボールだと1球目を見ている分だけ「慣れ」があるはずだが、球質が変わればなかなかジャストミートはされないはず。以前福原に教えて貰った、「コースは甘いけど打ち頃にならない」というヤツである。あれは初球の入り方、という話だったけれど、こういう場面でもきっと通じる話だろう。


 水谷のサインに頷いて、プレートに足を沿わせる。セットポジションから足を上げ、一度セカンドベース方向に大きく振ってからクロスステップで踏み出す。踏み込んだ右足に体重移動した力をしっかり腕に伝え、思いっきり腕を振り抜く。


 指先から離れたボールが、シュルルルルッと風を切って右バッターである戸田の懐を抉る。

 が、それを読んでいたらしい戸田はしっかりと踏み込んで、バットを出しに来る。


「うわっ!」

 バキャアァッ!


 鈍い音と共に、砕けたバットの木片が飛ぶ。


「キャッチャー!」

「オーライッ!」


 ほぼ真後ろに力無く上がった打球は、ほとんど風に流されること無く落ちてきて、水谷のミットに収まる。


「アウト!」



「くっそ……!」


 グリップだけ残ったバットを握りしめた戸田が、地面の土を蹴り上げた。


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