158.勝負する相手はバッターだけじゃない③
「ナーイスプレー!」
「良い判断!」
ベンチ前でチームメイト、コーチがハイタッチで戻ってくる高橋のことを出迎える。
「何すか、あの鮮やかなトリックプレー! どこであんなの練習してたんですか?」
「いや、あれは咄嗟の判断だよ! あれだけダイレクトで捕れそうなフライなら、ランナーは戻るしかないっしょ?」
今日は登板予定が無い為ベンチで試合を観ていた信樂も、グータッチで高橋を出迎える。
もう久しく野手としてはプレーしていないけれど、高校時代は投げない試合はファーストを守っていたし、そこそこ足が速い方だったから大学でも何試合か代走で出たことはある。だから一応野手の気持ちは分かるし、守備は割と得意だと感じている。
「それに、水谷がセーフティ仕掛けてきそう、って言ってくれてたから、何となく頭の中でシミュレーション出来てたしな。」
事前にそのプレーを想定していたかどうかの差は大きい。「こんなプレー、有り得るな」と思っておくだけで、焦らずにプレー出来る。我ながらさっきのトリックプレーはナイス判断だったと思うが、もし水谷にセーフティバントの可能性を示されていなかったらあんなに落ち着いてプレー出来たか分からない。
「え、あの場面って想定内だったんですか? 水谷、何で分かったの?」
「いや、偶然勘が当たっただけですよ。あのバッターはパワー無いし、小技上手いし、それに去年対戦した時に何回かセーフティやってきてたんで、その印象も残ってましたし。揺さぶりを掛けてくるならここだろうな、って。」
——すげぇな、去年の記憶を基にしてたのか……
「あと、相手ベンチです。何となくですけど、向こうのコーチとか監督の表情が硬くなった気がしたんで。」
外し終えた防具をベンチの上にきちんと並べながら、水谷がさらっと言う。
「えっ、相手ベンチまで見てたの?」
思わず高橋が聞き返す。
「いや、そりゃまぁ。そんなにじろじろ見る訳ではないですけど、いつも見てますよ。ベンチに居る時ってグラウンドに出てる時より緊張感無いから、結構ボロが出てたりするんですよね。」
「キャッチャーって、そんなところまで見てたのか……」
今までそんなところにまで気を配っているなんて考えたこともなかった。バッターやランナーなどグラウンド内のことは観察するようにしてきたけれど、グラウンド外のことなんて、意識したことが無かった。
「すげぇな、キャッチャーって……」
「いや、僕はまだまだ視野が狭いですよ……。儀間さんとか、ずっとプロの世界でやってきているようなキャッチャーって、本当に凄いんですよ、『そんなとこまで見てるの!?』って所まで。下手すると、いつもよりもルーティンに使う時間が短かったとか、素振りが1回少なかった、とか……」
——マジか、そんなところまで……
そこまで見て、その上で配球を考えているだなんて思っていなかった。
——まだまだ知らないことがあるんだなぁ……
改めて、野球というスポーツの奥深さを実感したような気がした。
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