159.合格
「高橋、ちょっと良いか?」
3月24日、火曜日。千葉・鎌ケ谷での北海道ベアーズとの試合後、高橋は球場内にある監督室に呼ばれた。
——もしかして……
監督室に呼ばれることなんて、そうそうない。何か重要な要件、例えばトレードやコンバートなんかを知らされる時が多いらしいが、入団1年目のピッチャーにそれは無いだろう。となれば考えられる理由は、時期を考えても1つだけ。
「失礼します」
監督室のドアをノックすると、「おーう、入れー」、という気の抜けた感じの応答が。それに従って部屋に入ると、二軍監督の池田がデスクに頬杖を突きながらホッチキスで留められた資料をペラペラとめくっていた。
「明日の電車で、千葉に行ってくれ。」
開口一番、池田は高橋にそう告げると、『鎌ケ谷→海浜幕張』と書かれたJRの切符を手渡してきた。
「え、これって……」
「見りゃ分かるだろ? 千葉行きの、あー、ここも千葉っちゃ千葉なんだけど、幕張行きの切符だよ。俺らにとっちゃ、千葉って言ったらそこの事だからな」
「——ってことは……」
「そういうことだよ。開幕一軍入り、おめでとう!」
——!
嬉しくて、言葉が出ない。監督室に呼ばれた時点で、そうじゃないか、とは思っていた。ここまでの二軍成績は5試合に投げて3回1/3イニングを奪三振3、四死球1、無失点で防御率0.00。ピンチを招いたことはあったけれど、救援失敗は無し。イニング途中の登板でも、連投でも抑えていたし、結果を出せていると思ってはいた。だが、やはり一軍昇格を伝えられると嬉しさがこみ上げてくる。
「明日、一軍は朝の新幹線で東京入りして、そこからバスで球場入りする予定らしい。んで、お前が海浜幕張駅に着く頃には誰か駅で待っててくれる様にするらしいから、その先で迷うって事も無ぇだろ。頼むから、乗り換えミスったりすんなよ?」
そう言って、池田が机の上に置いてあった一枚の紙を高橋に手渡す。
『鎌ケ谷→船橋、船橋で総武線か総武本線に乗り換え。東京方面の電車に乗ること。西船橋で武蔵野線に乗り換えて南船橋駅まで……』
手渡された紙には、鎌ケ谷から幕張までの移動経路がかなり細かく記されている。しかも、ところどころに赤ペンでホームの番号や、『※絶対に快速に乗らないこと!』といったメモが書かれている。字がオーダー表で見るのに似ているということは、池田が書いたものらしい。
「あの、これって……」
「だってお前、迷うだろ? 東京に行く分にはまぁ何とかなるだろうけど、木更津とか君津とか、あっちの方まで行かれたらシャレにならんからなぁ」
池田は笑いながら軽い口調でそう言ってくれたけれど、実際かなりありがたい。普通はこれも自分で調べておくべきなのだろうが、知らない土地での移動は何かと不安なもの。遅れたらチームに迷惑をかけることになるし、何より遅れた理由が電車の行き先間違えたとか、小学生みたいで恥ずかしい。
「大体のヤツはチケット渡せば大丈夫なんだけど、どうやらお前はダメそうだからな。聞いたぜ、飛行機のチケット渡されたのに違う飛行場に行こうとしたことがあったらしいしな!」
「え、ちょ、ちょ、何でその話知ってんですか!? ねぇ、池田さん!?」
池田はその問いには答えず、「頑張れよ、もうここに戻ってくるな」とだけ言って、高橋を送り出した。
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