9.炎上
2月15日、快晴。琉球ネイチャーズ初の対外試合となる、琉球ネイチャーズ対埼玉スピリッツの練習試合。『琉球ネイチャーズオープニングゲーム』と銘打って、入場料無料&来場者全員にタオルプレゼントなどの催しを行ったのが功を奏したらしく、また相手が前年度日本一のチームだということも手伝って、キャンプ地の球場の小さなスタンドは満員である。
まっさらな、だれの足跡も無いマウンド上に、背番号47をつけた高橋龍平が上がった。47番は、プロ野球においては『左のエース』が背負う番号だと相場は決まっている。つまり、この背番号はそれだけ高橋龍平というピッチャーに、琉球ネイチャーズという球団が期待していることの現れと言えるだろう。
規定の投球練習を終え、埼玉スピリッツの1番、鍵山翔真が左のバッターボックスに入る。日本代表でも1番打者を務める、パワーとテクニック、スピードを兼ね備えた球界屈指のリードオフマンだ。
「プレイボール!」
主審のコールが球場に響く。
フー、と息を吐いて、キャッチャーの内山とサイン交換を行う。出されたサインはストレート。
ゆっくりと足を上げ、セカンドベース側へと腰をひねる。体重を右に移動しながら上半身をホームベース側へと一気にひねり、着地した右足に全体重を乗せる。軸足となっていた左足でプレートを思いっきり蹴ったのと同時に、左腕をしならせた。
指先から離れたボールはシュルルル、と風を切る。
——いい感じに指にかかった! しかも内角低め、良いコース!
パァァァァァァン!
乾いた音と共に、見たこともないような弾丸ライナーが飛んでいく。
「なっ……!」
ガシャアアアン‼
打球はそのまま右中間フェンスの最上部に直撃! 慌ててセンターとライトが跳ね返った打球を処理する。
「は、速えぇぇぇ!」
バッターランナーの鍵山は、あっという間にセカンドベースを蹴ってサードへ。ザァァ、と砂埃を立てながらスライディング。スリーベースヒットだ。
——こ、これがトップレベルの選手か……! パワーもスピードもケタ違いだ……。
「2番、ショート、権田。」
——権田恭輔。球界屈指のスピードスターで、小技も上手い選手だ。三振が欲しいところだけどミートが上手い選手だから、それは難しいだろう。せめて、内野ゴロか浅い外野フライに仕留めて、無失点で切り抜けたい。
再び、キャッチャーの内山とサイン交換。初球はスライダーのサインだ。
ストレートと同じフォームから、スライダーを投げ込む。ボールは、真ん中から一気に逃げるように大きくスライドし、内山のミットに収まる。権田のバットは、ピクリとも動かない。
「ボール!」
主審のコール。権田は表情をピクリとも変えない。
——嫌な反応……、完璧に見切ったような反応だった。初見なのに? 左バッターなのに? 今まで、特に左バッターは俺のスライダーは効果バツグンだったのに……
2球目のスライダー、3球目のスクリューも見送られて、スリーボールノーストライク。
——投げるボールが無ぇ……。
4球目、外すしかないのか……。内山のサインは『大きく外せ』、即ちこのバッターはフォアボールで歩かせて、以降のバッターで勝負しようということだ。
「フォアボール!」
権田が、バッターボックスのすぐ横でレガースを外し、バッティンググローブを外しながら小走りに一塁へ向かう。
——やばい、完璧に見切られてた。その前に至っては、一振りで完全に捉えられた。やばい、何を投げれば良い? どうすれば抑えられるんだ?
ポーカーフェイスを装ったが、内心は焦りしかなかった。落ち着こうと、足元のロジンバッグを拾い上げて、2、3回ポンポンと手の上で転がした。
「3番、セカンド、
——去年、1軍定着した若手選手か……。まずこのバッターで流れを切っておかないと……。
サインはスライダー。内角低めでダブルプレー狙い。
サインに頷いて、セットポジションに入る。盗塁を警戒して、クイックモーションから思いっきり腕を振りぬく。ボールはスルスルっと膝元へ曲がりながら落ちていく。狙い通りの良いコース!
パァン!
快音と共に放たれた弾丸ライナーが、足元を抜けていく。とっさにグローブを出したが、その下を抜け、二遊間を抜け、あっという間にセンター前まで転がった。ワァッ!という歓声が上がり、サードランナーの鍵山が悠々とホームベースを踏む。
——くっそ、うまく打たれた……。狙い通りのボールが行ったのに……。
「4番、指名打者、
ワァァァッ!という歓声が球場を包む。ピヒューイ、という指笛も聞こえる。さすが前年度本塁打王とMVPを獲得した、沖縄出身のスーパースター。物凄い人気だ。
ふー、っと息を吐いて内山とサイン交換を行う。低めにストレートのサイン。セットポジションに入る。山城がゆーらゆーらとバットを揺らし、タイミングをとる。
『さあ、来いよ』、とでも言っているようなオーラ。どこに投げても打たれそうな感覚。こんな感覚、初めてだった。
セカンドランナーを目で牽制してから、クイックモーションからストレートを投げ込む。指先から離れたボールはシュルルル、と風を切る。しっかりとボールが指に掛かった感覚があった。
パカァァァァァァァン‼
快音が、歓声を切り裂いて球場に響く。一瞬、球場に静寂が生まれた。山城は思いっきり振りぬいたバットを掲げ、ゆっくりと一塁方向へ歩く。いわゆる、『確定演出』。
高々と舞い上がった打球は、放物線を描いてそのまま左中間スタンド後方の防球ネットを越えて、向こう側に広がっているサトウキビ畑に消えていった——。
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