8.勇気


「このままでは恐らくお前は通用しない。多分、お前がドラフトで指名されなかったのも、これが原因だと思う。」


 真剣な表情で、寺田が高橋に向かって突きつける。


「お前の投げ方だと、プロじゃ通用しないんじゃないかと思う。」

「えっ……」

 今までずっとこのフォームで投げてきたのに、そしてここまでそれなりに結果も出してきたと思っているのに、ここにきてそれが問題だと言われるとは……。フォームにはこだわってきたつもりだったから、そこを問題だと指摘されるのはそれなりにショック。


「映像を見た時にも感じていたんだが、今見てみて、俺の中では確信に至った。体の開きが早すぎるんだ。内山も『ボールは通用する』って言い方してたあたり、俺と同じように感じてるんだと思うんだが……。内山、お前はプロで高橋が通用すると思うか?」


「俺も、正直このままでは厳しいと思います。ボール自体は良いんで、それさえ良くなればすぐにでも活躍できるんじゃないかと思うんですけど……。」

 内山が続ける。

「多分、プロのバッターだと空振りが取れないんじゃないかな、と思って。」

「空振りが取れない……? どうしてですか?」

 

 ストレートとスクリューで追い込んでスライダーで空振りを奪う、というのが最も得意とする組み立てだったから、空振りが取れないとなると苦しいピッチングになることは間違いない。だが、それよりも空振りをとっていくスタイルで投げてきた高橋にとって、今のレベルでは空振りが取れなくなるだろうという指摘は、かなりショッキングなことであった。


「お前のフォームはあまりにも球の出所が見やすいんだ。だから、指先からボールが離れたその瞬間に、バッターは球種が分かっちまう。大学レベルなら、お前ぐらいの球のキレと変化量があれば打ち取れるだろうと思うが、プロに行くレベルの選手なら、少なくともバットに当てること自体は出来るんじゃねえかな。」

 寺田が身振り手振りを交えながら丁寧に説明してくれた。


「いっその事、フォーム変えてみないか。お前のそのスライダー、スリークォーターよりもサイドスローかアンダースローの方が活きると思う。何より、ここまでのクセなら直すよりも一からフォームを作っていった方が直しやすいんじゃねえかと思うんだ。」



 フォームを変える、というのはかなり勇気のいる決断である。感覚が変わることは間違いないし、今まで投げていたボールが投げれるとは限らない。さらに、新しいフォームが上手くいかなかったとして、一度全く異なるフォームの感覚に慣れてしまうと元のフォームに戻そうと思っても、戻せない可能性だってある。実際、プロ入り後のフォーム改造が上手くいかず、期待されて入団したのに、結果を残せずに戦力外を受けて退団を余儀なくされるプロ野球選手は毎年のようにいるのである。


高橋が、恐る恐る口を開く。

「あの……、まだ俺のボールに対して実際にバッターがどう感じるのか見てないのに、見切りつけるの早すぎません? せめて1試合、バッターがどういう反応するのか、見たいです。」


 ——それらしい理由をつけたけど、実際のところは単純にフォームを変えるのが怖いだけ。もしもこのフォームで通用しそうなら、フォームを変えるなんてリスクは冒したくない……。



 寺田は「そうか、分かった」と呟くように答え、口をつぐんだ。


 その反応を見ると、『なんかまずいことしたかな』、と思わないでもなかったけれど、出来ることならこのフォームでJPBを目指したかった。というか、ここでフォームを変えて上手くいかなかったりしたら、その方が後悔すると思った。





「なあ、次の埼玉スピリッツ戦、先発するか?」

 次の日、肩慣らしのキャッチボールを終えてグラウンドからブルペンに移動しようと思って荷物をまとめていると、寺田に声を掛けられた。

「球界最強打線とまで言われるスピリッツの選手たちの反応、見てみたいんじゃないか? まだまだ調整段階だから打ち損じとかは多いだろうけど、あの打線を抑えられるなら自信になるだろ。」


 願ってもないチャンスである。これを断る理由なんて何一つない。


「いいんですか⁉ 投げたいです!」


 思いもよらぬ展開で、このチームで初の先発マウンドの日程が決まった。






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