7.始まったキャンプ、思いもよらぬ一言

 新球団、琉球ネイチャーズの初めてのキャンプがスタートした。キャンプとは、シーズン前に各球団が沖縄や宮崎などといった温暖な地域で全体練習や個人練習を行う、いわばシーズン直前の強化&調整期間のことである。この期間の実戦はチームとしての連携を強化したり、チーム方針を選手側が理解するというのも行われるのではあるが、若手にとっては格好のアピールチャンスでもある。


 さて、琉球ネイチャーズもJPB球団や韓国、台湾のプロリーグと同じく2月1日にキャンプインした。もちろんキャンプ地は沖縄。JPB球団が施設を使っている関係で、琉球ネイチャーズが本拠地として使用予定の球場は使えないので、県南の別球場を使うことになった。キャンプ前半は基礎練習と体づくり、後半は実戦練習や対外試合、紅白戦がメインになってくる。沖縄にはJPB球団と韓国球団、台湾球団を合わせて15球団がキャンプに来る。この期間、プロ球団は沖縄の実業団チームともよく練習試合を行ってきたのだが、今年はそれに加えて琉球ネイチャーズとも試合が組まれた。


 琉球ネイチャーズは将来的なJPB参戦を目指すため、あえてどこのリーグにも参加せずにあらゆるリーグのチームと独自に試合を組むという方法をとっている。初年度の今年は、キャンプでの実戦くらいしかプロ球団の1軍と試合する機会はなく、JPBが開幕して以降は基本的に実業団や独立リーグに属するチーム、またはJPBの2軍との試合がメインとなる。つまり、このキャンプ期間中くらいしかプロ野球界のスター選手と対戦する機会は無いのである。このキャンプ期間の実戦での活躍がどれ程ドラフト指名、または球界復帰に向けて重要なものなのか、理解していない選手はいないだろう。








「お前のボール、見せてくれないか? 測定機器とかももうブルペンに置いてあるしさ。」


 キャンプイン初日、さっそく投手コーチの寺田に声を掛けられた。

「ぜひ!」


 ——日本のトップレベルにまで達したコーチに、自分のピッチングを見てもらえる機会がこんなにも早く貰えるとは思ってもいなかった。俺のスライダー、見てもらおうじゃないか!


 マウンドから強めのキャッチボールをした後、キャッチャーを座らせての投球練習を始める。寺田はマウンドの脇から、高橋のピッチングを見つめる。


 フー、っと大きく息を吐いてキャッチャーを務める内山康太うちやまこうたのミットを見つめる。内山もまた、昨年までJPBの名古屋クインセスに所属していた、プロの球を知るキャッチャーである。


「じゃあ、まずストレートから。」

 キャッチャーの内山に、グラブをまっすぐ突き出して『ストレート行きますよ』、の身振りと共に、球種を伝える。


 ゆっくりと足を上げ、セカンドベース側へと腰をひねる。体重を右に移動しながら上半身をホームベース側へと一気にひねり、着地した右足に全体重を乗せる。軸足となっていた左足でプレートを思いっきり蹴ったのと同時に、左腕をしならせた。

 指先から離れたボールはシュルルル、と風を切って、パチーン! という気持ちのいい音と共にキャッチャーのミットに収まった。


「ナイスボール!」


 キャッチャーを務める内山の声に、高橋は思わず顔をほころばせた。プロのボールを幾度となく受けてきたキャッチャーにお世辞でもナイスボールと言われたのが、嬉しかった。


 横で見ていた寺田も小さく頷く。


 ——あれ、結構いい反応なんじゃないか、これ⁉

 心の中で高橋は手ごたえを感じていた。


 何球かストレートを投げた後、腕組みをして小さく頷きながら見ているだけだった寺田が、マウンドに立つ高橋に声を掛ける。

「持ち球はストレートとスライダーの2つか?」

「いえ、それにスクリューも。基本的には見せ球としてしか使わないんですけど、一応。」

「じゃあ全部の球種を何球かずつ投げてもらっても良いか?」

「はい。」


 さっき投げたストレートと同じフォームから、得意のスライダーを思いっきり投げ込む。指先から離れたボールは、右バッターの外角から一気にひざ元をえぐるように大きくスライドし、内山のミットにバスッ、という鈍い音と共に吸い込まれた。

 マスク越しに内山が驚いた表情を見せる。さっきみたいなパチーン、という音が響かなかったのは、ミットの芯で取れなかったからであろう。内山の表情からしても、予想外に大きく変化したボールだったらしい。



 「——なるほど、大体分かった。」

ストレートと変化球、合わせて30球ほど投げ込んだところで、寺田から今日はここまでにしようという合図が出た。寺田は今の投球のデータを確かめに、キャッチャーの後ろに置いてあった機械の方へと歩いた。


「いいボール投げるじゃん!」


 クールダウンの為のキャッチボールをしながら、内山が手放しに誉めてくれた。ありがとうございます、と言いながら思わず笑みがこぼれる。

「ボールだけだったら、プロのピッチャーにも引けを取ってないと思う。聞いてた通り、マジで将来JPBいけるぞ、これ!」

 そのレベルを知っている人から言われたのだから、その言葉は自信になる。

 ——よし、このままプロをきりきり舞いさせて、アピールしてやる!

 高橋の目が、ギラついた。




「おーし、じゃあフィードバックするぞ。」

 寺田が測定機器の計測結果を表示するパソコンを覗き込みながら、手招きで2人を呼ぶ。


「さっき内山が言ってた通り、良いボールが来てる。スピード自体は140キロそこそこでそんなに速いわけじゃないけど、回転数はプロでも一軍レベルだわ。スライダーもあんなに曲がるヤツ、なかなかいねぇしな。」


 回転数が多い、というのはよくが良い、と言われる球質だということである。つまり、寺田のこの一言は、『ボールのキレは一軍クラス』だということを表している。




「——ただ、このままでは恐らくお前は通用しない」



 唐突に、寺田の口から出たその一言で、高橋は固まった。





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