177.失投


「バッターは、6番、サード、安井。サード、安井。背番号5」


 ワァァァァァァ! という大歓声を受けて、安井が左のバッターボックスに入る。


 ——おぉ、すげぇ盛り上がってる。じゃあ、この歓声を溜め息に変えてやろうじゃねぇか……!


 ライトスタンドのフライヤーズ応援団が、今日一番の盛り上がりを見せる。もし1点でも取ろうものなら一気にフライヤーズが勝利に近付く、という場面だから、フライヤーズベンチも身を乗り出して安井に声援を送っている。が、もしここで抑えることが出来れば、昨日の試合の様に、ピンチの場面を無失点で抑えることで流れを持って来れることだってある訳だし、勝負はまだまだ分からない。


 キャッチャーの儀間が出したサインは高めのストレート、釣り球。高橋はそれに頷いて、セットポジションに入る。


 ——打ち気にはやってるんじゃないの?


 大きく足を振り上げて、クロスステップで踏み込む。そこから体から肘が離れすぎない様に気を付けつつ、思いっきり振り抜く。


「空振り! しかし、豪快なスイングでした」

「あれだけしっかり振られると、ピッチャーも嫌でしょうねぇ。ただ、この手のピッチャーは、あまり大振りすると捉えにくい様な気もしますけどねぇ」



 ——よし、狙い通り! でも、あのスイングは怖ぇな。甘い所に行かない様にしないと……


 高めのボールを振らせたのはしてやったり、というところなのだが、思い切りの良いスイングを見せられて「もし甘い所に投げたらスタンドまで持って行かれそう……」という恐怖心も植え付けられてしまった。万一ここで満塁ホームランなんか打たれたら間違いなくこの試合の勝ち目は無くなる。それに、安井の様に今後日本を代表する打者に成長するであろう若手にプロ初ホームランを献上してしまったりなんかしたら、この先何度その映像を流されるか分かったもんじゃない。


 儀間がベンチの方をチラッと見てから、安井の様子をじっくりと観察。その後、パパッと内角にスクリューのサインを出してくる。


 ——なるほど……


 スクリューは高橋の持ち球の中で最も遅いボール。緩急を使っていこう、ということなのだろう。ベンチからどういう指示が出ているかは分からないけれど、どんな指示が出ていたのだとしてもこのバッターを打ち取れればそれで良い。キャッチャーに対しては配球の指示だけではなく守備シフトやランナー警戒の指示も出されるから、ピッチャーは案外気にしなくて良いことも多い。


 サインに頷いてから、セットポジションに入る。そこから足を上げ、一度セカンドベース方向に大きく振ってから、クロスステップで踏み出す。そこからコンパクトに、かつシャープに左腕を振る。


 ——あっ、ヤバっ……!


 リリースの瞬間、ボールが上手く指から抜けてくれなかった。


 指先から離れたボールが、ホームベース手前で地面にぶつかる。そこからボールが大きく跳ねる。


「ぐっ……」


 鈍い音と共に、儀間の真横にボールが転がった。


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