219.団結
「検査しに行くの、明日の方が良いかな? よっぽど試合が観たいみたいだし」
「え、良いんですか?」
試合は8回の裏、ムーンズの攻撃。高橋が降板した後はゼロ行進で試合が進み、3対0とアーバンズリードで終盤の勝負所を迎えていた。
「高めに外れた! フォアボール! ノーアウトランナー1、2塁! ムーンズ、この終盤でチャンスを作りました!」
——よしよし! 続け!
「だってほら、話してる最中もテレビが気になってしょうがないみたいだし」
「あ……」
トレーナーさんのひと言に、高橋はハッと我に返る。
「まあ良いよ。多分それがプロ野球選手の性なんだろうし、そんなに酷い怪我じゃなさそうだしね」
「あ、ありがとうございます!」
「初球打ちー! ミラーの打球は三遊間を抜けていく! セカンドランナーのブランドンは——ストップ! ストップだ、止まりました! これでノーアウトランナー満塁!」
——くっそ、代走が出てれば……!
外野はそれほど前に出ていなかったから、足の速い選手であればホームまで帰ってくることが出来たであろうシーン。だが、セカンドランナーは足の遅いブランドン、三塁ベースを蹴ったところでサードコーチャーが両手を広げて本塁突入を必死に止めた。代走を出していれば1点は取れただろうが、仮にこの後追いついて延長戦に突入すればもう一度ブランドンの打席が回ってくる。3点差あることを考えれば、ここで1点を取りに行くよりもこの後の逆転の可能性に懸ける方が良い、とベンチは判断したのであろう。
「はぁ、しょうがないなぁ」
トレーナーさんが溜め息を吐きながら、半ば諦めたような表情を浮かべる。
「高橋君、絶対に急に立ち上がったりしないって約束出来る?」
「えっ?」
「約束出来るんだったら、ベンチに戻っても良いよ、って言おうと思ったんだけど……」
「本当ですか!?」
その言葉に、高橋が思わず椅子の縁に手を掛けて、立ち上がろうと体重を掛ける。
「……」
——あ……
「……ぷっ、はははは!」
立ち上がりかけて前のめりの態勢のまま固まった高橋を見て、トレーナーさんが思わず吹き出す。
「よく思いとどまったな。いいだろ、ベンチに戻ることを許可しようかね」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「よっしゃ、回れ回れー!」
ベンチに入ると、ベンチ内が異様な盛り上がりを見せていた。
——何? 誰か打ったのか!? 見えねぇ……
皆がグラウンドに身を乗り出したりベンチ前に飛び出したりしているから、誰かが打ったのだろうということは分かる。が、視界が遮られているせいで、何が起こっているのかさっぱり分からない。
「ミラー、三つ行け!」
「よっしゃー!」
「赤村さん、ナイスラン!」
足を引きずりながらベンチの最前列まで来ると、ようやくグラウンドの様子が見えた。スコアボードの8回裏のところに「2」が表示されている。そしてグラウンドに視線を下ろすと、ユニフォームの土を払いながらベンチに戻ってくる赤村と、ファーストベース上でガッツポーズしている小山内の姿が。
——小山内さん、タイムリー打ったんだ!
「お、戻ってきたか! ちょっと待ってろ、逆転すっからな!」
ハイタッチで迎えられた赤村が、ベンチの端で手を差し出している高橋を見つける。
「お、戻ってきてんじゃん!」
「足、大丈夫なのか?」
「ってか、戻ってきたんなら声掛けろよー! 心配してたんだぞ!」
——いや、あの、戻ってきた時、皆グラウンドに身を乗り出して誰も声掛けても聞こえないって感じだったんですけど……
興奮冷めやらぬ、と言った様子で、ベンチのチームメイトたちが次々に高橋に声を掛けてくる。
「続け、儀間さーん!」
2点を取って、これで1点差。どういう経緯で得点したのかは分からないけれど、スコアボードの表示を見る限りワンアウトランナー1、3塁。3塁ランナーが帰って来れば同点、1塁ランナーが帰ってくれば逆転、という場面である。終盤に訪れた絶好機に、ベンチもスタンドも今日一番の盛り上がりを見せている。
8回のマウンドに上がっているのは、アーバンズのセットアッパー、中澤。明らかに今日は調子が悪いとはいえ、代える訳にもいかないらしい。何試合も結果を残してチームに貢献し続けてきた選手を1試合悪かったからといって簡単に変えるような采配をしたのでは、選手が萎縮するし選手からの信用も失いかねないものなのだ。
——追いつけるかも……!
打率はそんなに高くない儀間だが、ここ一番での勝負強さはチーム内でもトップクラス。しかも、ランナーが1塁にいるからファーストはベースにくっつく必要があるから一、二塁間が空く。流し打ちが得意な儀間にとってはヒットゾーンが広がる、ということだ。
カァァァン!
——!
初球の外角低めのストレートを、儀間のバットが弾き返す。右方向に飛んだ低いライナーが、あっという間に一、二塁間をあっという間に抜いていく。
「よっしゃー!」
「同点だー!」
三塁ランナーのミラーが、手を叩きながらホームベースを踏み損ねないように足元を確認してしっかり踏む。
「おっしゃー!」
一塁ベース上の儀間が、ベンチに向かって拳を突き出したのに対し、気付けば高橋は立ち上がって拳を突き返していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます