229.扇の要


「儀間なんだが、やっぱり骨折れてたみたいだ。全治1ヶ月、まあ1軍に戻ってくるまで2ヶ月半は掛かるかな、ってところだろう」


 7月1日の練習前に臨時で行われたミーティング。監督の白石から報告された儀間の状態に、集められた選手がざわつく。


「マジかよ……」

「結構掛かるな……」


 この場に居る全員が、大なり小なりショックを受けている。何年もレギュラーで、今年もほぼ全試合でスタメン出場している正捕手の離脱というのはあまりにもダメージが大きい。そうでなくても儀間はキャプテンを務めるチームリーダー、正に「代えの効かない存在」なのだから。


 プロ野球チームには普通、育成選手を含めずに6人前後の捕手登録の選手がいる。が、そのうち何人かはプロ入りして3年も経っていない様な若手選手であることが多く、1年を通して1軍帯同した経験のある選手は正捕手を除けば2人いるかどうかというチームが多い。殊にムーンズに限って言えばここ数年2番手捕手として出ていた明石が持病の腰痛を悪化させて登録抹消されたばかりだから、現状プレー出来るのは経験に乏しい選手しかいない。


 キャッチャーというのは、よく「他のポジションとは異なる特殊なポジションだ」と言われる。最近では「打てる捕手」が注目される機会が増えているけれど、それでもやはりキャッチャーは守備力が何より重視される。特にリードは経験がモノを言うと言われ、その為にキャッチャーを育てるには時間が必要だと言われる。さらにキャッチャーが代わることで投球のテンポが代わることがあるから、先発が投げている間は途中で交代することもほとんど無い。故にキャッチャーは控え選手の出場機会がどうしても他のポジションに比べて少なくなりがちになる。おまけに内野手ならば、例えば主にショートを守れる選手に動きが割と近いセカンドやサードを守らせたりして起用し、経験を積ませることもあるのだが、キャッチャーは独特な動きが多い特殊なポジションゆえ他のポジションを守らせながら経験を積ませることも基本的には難しい。


「ちょっと良い?」


 ショックと混乱で一瞬言葉を失って静まりかえった空気を振り払って、藤谷が手を上げながら一歩前に出る。


「まあ、ファールチップが原因の怪我なんだからしょうがねぇだろ。キャッチャーやってる以上、誰にでも起こりうる事故みたいなものなんだし。儀間が離脱したダメージはデカいけど、こういう時に一番辛いのは俺たちじゃなくて儀間本人だろ? ここで下向いてどうするよ」


「儀間が戻ってくるまで、何とか耐えるぞ。藤谷が行ってくれた通り、居なくなった人のことを言っても仕方無ぇ。儀間が戻ってきた時に下位に沈んでどうしようもなくなってる、なんてことは絶対に避けるぞ! せっかく今2位に居るんだ、最後まで優勝争いに絡むぞ! 良いな?」

「「はい!」」


 ——儀間さん居なくなって、俺は大丈夫なのかな……


 高橋が一軍で投げた試合は、ほとんど儀間がマスクを被っていた。どんなボールでも留めてくれるという安心感もあったし、キャッチングが安定しているから投げやすかった。それに何より、儀間が引っ張ってくれたから何も気負うこと無く自分のボールを投げることだけを意識すれば良かった。儀間のリードが無くなった状態で、果たして今まで通りにマウンドに立てるのだろうか。


 白石と藤谷の言葉を受けて気合を入れ直すチームメイトたちの中で、高橋は不安に包まれていた。


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