64.運命の日②
「さあ、今年も始まりました、プロ野球ドラフト会議。会場となりますここ、グランドホテル新品川の大会議場には、多くのプロ野球ファンが集まっています。」
「ほら、始まったぜ。緊張してやがるな?」
気付けば、唇がカラカラに乾いている。
「そんな顔強張らせてちゃ、疲れちまうぜ?」
ドラフト会議の生中継が始まったばかりだというのに、もう心臓が口から飛び出しそうなほどに緊張していた。自分が上位指名される訳が無いということは分かっているのつもりなのだが。
ドラフト会議は、1位指名の選手だけ重複した場合にくじ引きで交渉権を得る球団を決定し、それ以外は前年度の順位に伴って部分的ウェーバー方式(2位なら、前年度12位のチーム→同11位のチーム→……、3位指名なら前年度1位のチーム→同2位のチーム→……。以下、偶数順位なら下位チームから、奇数順位なら上位チームから順に指名していく方式)で指名が進んでいく。1チーム1チーム、1巡ずつ残っているドラフト候補選手と現有戦力を考えながら慎重に指名する選手を決めていくため、下位指名の選手だと結果が出るのは夜になる。
指先が冷たい。上位指名はあり得ないのだから今から緊張する必要は無いのだが、分かっていても緊張せずにはいられない。
「さあ、各球団ドラフト1巡目指名選手が決まったようです! さあ、今年のドラフト、最初の選択です!」
「大阪マーチャンツ、ドラフト第1巡目、選択希望選手——、
「さあ、まずは大阪マーチャンツ。注目の社会人ナンバーワン投手、持田を指名してきました!」
「名古屋クインセス、ドラフト第1巡目、選択希望選手——、
「そして、この夏の甲子園を沸かせた超高校級左腕、松本裕樹にまずは1球団目! 一体何球団競合することになるのでしょうか!」
「やっぱりこのピッチャー、ドラ1で指名されたか。」
「あのスライダー、テレビで見る限りエッグいですもんね。」
「何球団行きますかね。」
「最低でも3球団、もしかしたら7球団くらい行くかも」
この反応を見る限り、やはり今年最も注目を集めているのはこのサウスポーらしい。高卒で150キロを投げるサウスポーはそうそう居ないし、決め球のスライダーは甲子園でも被打率0割台という異次元のレベル。
「北海道ベアーズ、ドラフト第1巡目、選択希望選手——、松本裕樹。」
「ベアーズも松本を指名!」
「大江戸クラフトマンズ、ドラフト第1巡目、選択希望選手——、
「クラフトマンズは浦崎を指名! 高校通算55ホーマーのスラッガーを指名してきました!」
次々と指名が進む。指名された選手達の緊張した表情がテレビに映し出される。が、それは指名されるかどうかではなく、自分が入団するチームがどこになるかという期待と不安から来るものだ。
「東北クレシェントムーンズ、ドラフト第1巡目、選択希望選手——、松本裕樹。」
「横浜セーラーズ、ドラフト第1巡目、選択希望選手——、松本裕樹。」
「セーラーズに続いてムーンズも松本を指名! これでここまでで松本は5球団が指名!」
——サウスポーか……。出来ればムーンズ以外の方が……。
高校生と社会人だからあまり関係ないかもしれないが、サウスポーを多く上位指名で獲得出来た場合、選手の枠の兼ね合いからサウスポーを下位指名では獲りに来ない可能性が高くなる。
「東京アーバンズ、ドラフト第1巡目、選択希望選手——、
「さあ、アーバンズは社会人ナンバーワンの強肩キャッチャー、野林を単独指名してきました! これで今年のドラフト1巡目、1回目の指名が出揃いました! 注目の甲子園優勝投手、横浜松陰高校の松本裕樹は結局6球団が競合! 社会人ナンバーワン投手の持田が2球団、超高校級スラッガー浦崎も2球団が競合です! そして東京アーバンズが野林、福岡スタールズが大学ナンバーワン投手の西浜の交渉権獲得です!」
「6球団競合か……。」
「やっぱり集中しましたか。ここまでのピッチャーはそうそう居ないですからね。」
林、仲村が独り言の様なトーンで呟く。亀山、内山も画面に見入っている。もはや、プロ野球ファンの一員としてこのドラフトを見ているらしい。
ここからは競合した選手の交渉権を懸けたクジ引きが行われる。このクジ引きで人生が決まるのは指名された選手達だが、指名される可能性があるルーキー全員がこのクジ引きによって人生が左右されると言っても過言では無い。
「さあ、まずは持田貴将投手の交渉権を懸けたクジ引きです! 指名した大阪マーチャンツ、埼玉スピリッツの2球団の代表者が壇上へと向かいます。」
壇上でそれぞれのチームの球団本部長と編成部長が、半透明の箱に入った封筒を取り出す。合図と共に2人が同時に封筒の中から紙を取り出して、1人はガッツポーズ、もう1人は天を仰いだ。
「大阪マーチャンツが交渉権を獲得! 社長が満面の笑みを浮かべてガッツポーズ! 緊張した面持ちだった持田にも笑顔が見られます!」
画面が切り替わって映し出された持田が、仲間からの祝福を受けている。
——見たことあるなぁ、こんな景色。
忘れもしない、用意された記者会見の長テーブルの隣で、こういう風に祝われているチームメイトの様子を。次は俺の番だと期待に胸を躍らせたことを。……そして、指名終了のアナウンスが流れた直後の、あの目の前が真っ暗になった様な感覚を。
気がつけば、両方の手が拳を握りしめていた。
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