11.リスタート
「お前、思ったより股関節柔らけえな。」
寺田が目を丸くながら、高橋のキャッチボールを見つめる。一言でサイドスローと言っても、投げ方は十人十色であって、正解は無い。ただ、足を上げた後に身体を前傾させた状態で体重移動してステップするサイドスローのフォームでは、股関節が柔らかい程スムーズな体重移動ができる為、股関節が柔らかい選手はサイドスローに向くと言われる。
フォームをイチから作っていくと言うことは、今まで投げてきたテンポ、歩幅、プレートの使い方、等々とにかく何もかもが今までとは異なると言うことである。ブルペンで、一つ一つの動作を確認しながら、投げ込んでフォームを固めていく日々が始まった。
下半身の力を上半身に伝え、腰の回転を使って腕を振る。元々のフォームが腰をひねって投げるフォームだったからだろうか。意外と違和感なく投げることが出来た。
——あれ? 今までの投げ方で肘の位置を下げるだけか?
「足の踏み出し方は良い感じだな。ただ、ちょっとタメが作れてねぇな。いっそのこと、二段モーションギリギリにはなるけど膝をトルネード投法に近いぐらいに体の後ろまで持って行ったらどうだ? そうすりゃ嫌でももっと腰ひねることになるし、自然とタメが作れるんじゃねぇかな?」
「それと右肩! ギリギリまで開くの我慢しろ。コレを直すのがサイドスロー転向の一番の目的なんだからな!」
腕の力ではなく体の回転で投げるように意識する事。頭がぶれない様に体重移動をする事。一個一個、意識しながら投げ込んでいく。
投げ込んで、ひたすらフォームを固めていく日々が続いた。感覚的な部分を、ひたすら体に覚えさせていく。肩や肘を痛めないように、ブルペンで投げる球数は制限が設けられていたから、練習終わりにはタオルを使ったシャドーピッチングを繰り返した。
体に合っていたのだろう。サイドスローにしてもストレートの回転数に大きな変化はなかったし、スクリューもこれまでと同じように投げることが出来た。さらに得意のスライダーに至っては、サイドスローにしたことで曲がりがさらに大きくなった。
——思ってたより良い感触で投げれてる! まだフォームがバラバラだけど、固まってくれば……!
手応えはあった。フォームがバラバラだからコントロールはまだまだまとまらないけれど、少しずつ投球のテンポや投げるタイミングなどが分かっていった。もしかしたらこの先、マジでプロに行けるかもしれない、なんて思える様になっていた。
「体開くクセ、まだ直らねぇな……。」
そう寺田に言われたのは、キャンプも終盤に差しかかり練習試合も残り1試合となった頃であった。
「えっ……。」
「大分マシにはなってるけどな。お前は腰の回転も速いし、股関節が柔らかいから体重移動もスムーズに出来てる。ただ、腰をひねる意識が強すぎるのか何なのか分からんが、右肩が開くのを我慢し切れてねぇんだ。」
「もうちょっとフォーム、イジるか。」
——あ、あの……、そんな簡単に言います? この2週間投げ込み続けて、ようやく固まり始めたところだというのに?
「『そんなに簡単に言うなよ!』とか思ってんだろ? でもさ、こんなに簡単に変えれるのなんて、フォームが固まりきる前の今しかねぇぞ?」
——ま、ここまで上手くいってたんだ。もう信じてついていくしか、ないよな。
「やりますよ。だって、それをすることでプロに近づくって思ってるからこんなこと言ってくれるんでしょ、寺田さん?」
「そういうことだ! ま、安心しろ、サイドなのは変わんねぇんだから、今、上手くいってると感じてる部分は、恐らくそのまま変わんねぇはずだから。」
「……でも、ってことは俺、まだしばらく実戦で投げれないってことですよね?」
「んー、まあそういうことになるな。お前だけ追加キャンプだ! 安心しろ、場所は本拠地にしてやるから、チームを離れることにはならんよ。……遠征の時以外は。」
——いや、遠征に行かせてもらえないんかい……。でもまあ、やるしかないよな。ここまで来たら、もうトコトンやってやろうじゃねぇか!
こうして、一人だけの追加キャンプ実施が決まった。
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