12.新フォーム第二弾

 2月いっぱいでキャンプも終わり、各球団は沖縄を発って、各地でのおよそ2週間ほどのオープン戦期間へと突入していく。ここから宮崎や岡山などを巡りつつ、各球団の本拠地へと戻っていく。


 琉球ネイチャーズもJPB球団の動きに伴って、九州や関東への遠征へと出発する。主にプロ球団の二軍を相手に、10試合程をこなす予定だ。


 オープン戦は主力の調整兼若手のアピールチャンスの場でもある。が、独自の調整が許されるベテラン選手やまだまだ今季一軍での出番が無いと思われる高卒間もない選手などは二軍戦に出場する。今回琉球ネイチャーズと試合を行うのは、この二軍戦の選手達である。




 ——行きたかったな~、遠征。俺だけ一人居残りキャンプだなんて。コーチ陣や監督、そしてもちろん他の選手達は今ごろ試合してるんだろうな……。


「おーい、『心ここにあらず』って感じだけど、そろそろ戻ってきてくれー。寺田さんや桐生さんは居ないけどさ、映像は見て貰うんだからね? あと、一応俺も寺田さん程じゃないけどある程度は指導できるからね?」

 ネイチャーズのユニフォームを身にまとい、左手にキャッチャーミットをはめた林が、ブルペンのマウンドの上で遠くの雲を見つめる高橋に呼びかける。監督やコーチ陣、さらにはスタッフが遠征で居なくなる間、臨時コーチ兼ブルペンキャッチャーに名乗りを挙げたのだ。


 チームとしては遠征に出発したのだが、一人だけ居残りでキャンプ続行。まだまだひたすら投げ込んでフォーム固めをしていく日々が続く。場所が本拠地の球場になった分、いくらか設備が立派になったのがせめてもの救いか。その代わりに、隣で投げ込むピッチャーが誰一人いなくなって、いやそれどころかグラウンドですら誰も居なくなって、どこに行っても閑散としていて寂しいのだが。


 林がもう一度、高橋に呼びかける。

「おーい、そろそろ戻ってこーい。遠征行きたかったのは分かるけど、お前まだフォーム固まってないんだから打者相手に投げれる段階じゃないだろ?」


 ぐうの音も出ない。コントロールがバラバラすぎて、今投げても四死球連発になるのは誰の目にも明らかという状態。今の高橋にとって、最優先事項がフォーム固めである。追加のミニキャンプで投げ込まねば。


 新フォーム第二弾は、クロスステップで踏み出す、というものである。一般的には軸足、踏み出した足、ホームベースが一直線になる様に足を踏み出す。だが、クロスステップではサウスポーなら右足をあえて一塁寄りに踏み出すことで、通常よりもリリースポイントを一塁ベース寄りにする事が出来る。これによって、通常は他のピッチャーではあり得ない程横から投げることができるから、見たことの無い角度や変化のボールを投げる事が出来る様になるのだが、その反面コントロールするのは難しくなる。だが、今回の何よりの目的は、物理的に体を開きにくくすることで、体の開きが早いという弱点を克服することである。






「じゃあ、まずは立ち投げで足の踏み出し方とリリースポイントの確認をしていこうか。」

 林が右手でミットをバシッと叩いて、捕球体制に入る。


 右足を上げて、そのまま大きく右足を二塁ベース側に振る。クロスステップで足を踏み出し、ひねった腰を一気に回してピュッと腕を振り抜く。


 ——リリースのタイミングムズっ!


「うわおっ!」


 ピッチャーから見て大きく左上に逸れたボールに、林が飛びつく。が、ミットの先を掠めて後ろに張ってある防球ネットにそのまま突き刺さった。


 ——リリース早すぎた! それに思ってたよりも腕を振るタイミングが取りにくい!


「……まだ先は長そうだな。でもな、今、俺からリリースする瞬間はちゃんと見えてなかったぞ!」



 2~30球投げたところで気付いた。このフォーム、かなり下半身に。重心が低かったり、長くタメを作っているからということもあるのだろうが、なによりも普通じゃあり得ない足の踏み出し方をしているから、今までと違うところに負担がかかっているらしい。乳酸が変なところに溜まっている感覚がある。


 ——こりゃ、かなり時間がかかりそうだな……、下半身強化も同時進行でやってかないと、すぐにスタミナ切れになりそうだ……。



 様子がおかしいことに気付いたのだろう。

「なあ、どっか痛めたんじゃないだろうな? だんだん手投げになってきてるぞ?」

 ちょっと不安そうな顔をして、林がマウンドの方へ歩み寄る。


「あ、いや別にケガした訳じゃ無いんですけど……、このフォーム、変なところが疲れるみたいで……。」

「どこ?」

「この辺ですね……。」

 右太もも裏の、やや外側に手を当てながら答える。


「そこは……、確かに鍛えようと思うことが少ない場所だな……。しょうがない、フォーム固めもやらなきゃいけないけど、筋トレもやるか。下半身強化も進めないとなかなか安定して投げれそうにないしな。」

「でも、こんなところ、どうやって鍛えたら良いんでしょう?」

「トレーニングコーチの井田いださんも遠征について行ってるしなぁ。」


 ——うぅ、遠征行きたかった……。


「とりあえず、すぐそこのビーチでダッシュを繰り返すか。あと一週間ちょっとで帰ってくるから、井田さんに見て貰って、メニュー組んで貰おうぜ。本拠地が海の近くだからトレーニングしやすくて良いな!」


 ——いや、確かにそれはありがたいんだけど。下半身強化のメニュー開始が一週間以上後って、俺は一体いつになったらバッター相手に投げれる様になるんだろう……?


「すまんな、やっぱウチは新規球団だから経営カツカツなんだよ。だからトレーニングコーチとか何人も雇えなくてさ……。」

「あ、いや、それはもう拾ってもらえただけでもホントにありがたいんで……。とりあえず俺、ビーチで走ってますよ。」

「おう、でもキャッチボールとかでタイミング測ったりするのは毎日やるからな?」

「了解です!」


 次々に見えてくる課題。『ミニ』キャンプじゃなくなりそうな気配が出てきたけれど、とりあえず気にせずに目の前のことをこなすことにした。











  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る