268.恩返し


『いよいよ今シーズンの大一番、だな。登板機会があるかどうかは分からんけど、いつも通り投げればきっと大丈夫だ』

『お前が今、そこで投げてるのが夢みたいに感じるよ。でも、現実なんだよな。まだ早すぎるけど、お礼を言わせてくれ。夢を見せてくれてありがとう。体のケアだけはしっかりやれよ、ピッチャーの肩とか肘ってのは代えの利かない消耗品なんだからな』


 ——仲村さん……


 投手ミーティングとバッテリーミーティングが終わってブルペンに入る前、試合前の少しだけの空き時間に、高橋はスマホのメッセージアプリに届いた仲村からのメッセージを見返す。


 ——ちょっとは夢、叶えられてるのかなぁ……


『俺が叶えられなかった夢、お前に託しても良いか? ——優勝して、その輪の中に居てくれよ。俺がもう1回JPBに戻りたかった一番の理由は、『優勝してみたい』って想いがあったからだったんだ。だから高橋、優勝して俺の夢、叶えてくれないか?』


 高橋の脳裏に、電話越しの仲村の声がよぎる。既に今季の優勝の可能性は消滅してしまったけれど、ムーンズは3位とCS進出争いの真っ只中に居て、日本一の可能性は残されている。今はまだ頂点に立つ、という目標には届いていないけれど、仲村が夢見ていた『優勝』を『日本一』と言い換えても良いのならば、今高橋はその希望を繋ぐべく腕を振っていると言えるだろう。


『おはよう。早ければ今日、CS決まりだな。勝ってCS決めてこい! 出番があるかどうかは分かんないけど、いつも通りのお前なら大丈夫だ』


 ——林さん……


 二年前のあの時、林さんが声を掛けてくれていなかったとしたら、間違いなくここには居なかった。野球を続けてはいなかっただろうし、そもそも就職だって出来ていたかどうか分からない。ネイチャーズに居た頃には一応球団社長という立場だったのにトレーニングから住居の世話までしてくれたし、ムーンズに入ってからもずっと気に掛け続けてくれている。将来的にはJPB参入を目指す訳だが、現状ではまだそういう議論がある、というだけの段階で、チームの知名度もまだまだ高いとは言い難い。林にはいくら感謝してもしきれないくらいの恩がある。自分が活躍することで「琉球ネイチャーズ出身」というのがついて回ることになる。それに何より、林は自分が育てた選手の活躍を喜んでくれるような人だから、きっと元気にマウンドに立つ姿を見せることが何よりの恩返しになる、と思う。


 ——ホント、色んな人の支えがあってこまで来れてるんだよなぁ……


 高橋はスマートフォンの画面から目を離すと、特に何がある訳でもない部屋の天井を見上げる。加藤をはじめとする球友たち、ネイチャーズ時代にお世話になった人たち、ほとんど投げていない自分を見つけてくれたスカウトの中嶋や指名してくれたムーンズ編成部、応援してくれるファン、齋藤や白石らムーンズ首脳陣、そしてムーンズのチームメイトたち。関わってくれた人がありとあらゆる形でサポートしてくれたからこそ、今こうやってこの舞台に立つことが出来ている。


「あれ、こんな所で何黄昏れてんだよ? もうそろそろ試合始まるところだ、早く行こうぜ。モタモタしてっと置いてくぞ?」


 ペンのインクの替え芯を取りに来たらしい内山が、天井を見上げたまま固まっていた高橋に声を掛けてくる。


「あ、行きます行きます!」


 ——絶対、CS行こう……!


 CSで投げている姿を見せることが、何よりの恩返しになるはずだから。


「内山さん」

「ん? 何だ?」

「絶対CS行きましょう」

「おう、当たり前だろ。んで、下克上で日本一だ」


 内山が、高橋の差し出した拳に、拳を合わせながら力強く言い切った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る