267.リベンジ③


「3番、セカンド、小野崎。背番号5」


 ——最近調子良いみたいだからな。気を付けていかないと……


 足元を平しつつ、小野崎が右打席で構える。初めて対戦した時はブレイクしたてでレギュラーを獲ったばかり、これからそれを確固たるものにするために結果が求められるという立場だったけれど、今季は結果を出してレギュラーに定着するどころか打率、打点、本塁打の全てでリーグ内のトップ10に入るほどの活躍で優勝争いをするスピリッツの躍進の原動力となっている。試合前にスコアラーさんに教えて貰ったところによると9月に入ってからは打率4割超と絶好調で、今日のスピリッツ打線の中でも特に気を付けるべきバッターである。


 内山がじっくりと小野崎を見てから、内角ストレートのサインを出してくる。それに首を縦に振った高橋は、一度ふぅ、と大きく息を吐いてからセットポジションに入る。


 ——投げミスだけはしないように……


 パワーのある選手相手に甘く行くと、一振りで失点しかねない。それに、最近好調だということは失投を見逃してはくれないだろう。


 大きく足を振り上げた高橋は、クロスステップで力強く踏み込む。腕が遠回りしない様に意識しながら、左腕を体に巻き付ける様にサイドから鋭く振り抜く。


「——っと!」


 内山が構えたミットに糸を引くように吸い込まれていくボールに、右打席の小野崎は軽く腰を引く。


「ストライク!」


 気持ち良いくらい綺麗な軌道のクロスファイアに、主審の右手が挙がってカウント1ストライク。


 ——やべぇ、ちょっと良いところに行きすぎたかな……


 浅いカウントの内にあまりにも良いボールを見せてしまうと、次にそこそこのボールを投げたとしても打者の目には甘いボールに見えてしまう。そんなことを教えて貰って以来、初球から最高のコースに投げないように、と意識していたつもりなのだが、そこまで緻密なコントロールを持っている訳ではないからこんな風に意図せず最高のコースに投げてしまうことがある。こうなると投げる球が無くなって、この後の組み立てに困ってしまうものだが、まあそうなってしまったものはもうしょうがない。


 内山も配球に悩んだらしく、次のサインが出されるまでに少し間が空く。悩んだ末に出されたのは外角へのスクリュー、ストライクからボール変化させる球。


 ——目先を変えられればOK、かな……


 内山のサインに頷いた高橋は、一度足元のロジンを左手で何度かポンポンッと弾ませてからセットポジションに入る。そこからサッと足を上げて、クイックモーションから鋭く左腕を振り抜く。


 カァン!


 ボール球ながらもしっかりと振り抜かれたスイングで捉えられたボールが、ライト線に飛んでいく。


 ——嘘っ!?


 ライン際に落ちたボールがワンバウンド、そのままファールグラウンドに……


「ファ、ファール!」


 ——危ねー、今のボール球だっただろ? あんな打ち方してくるのかよ……



 ボールが落ちたのはラインの僅かに右。もしフェアゾーンに落ちていれば、間違いなく長打になっていたであろう。しっかり外したはずのボールをこんな風に弾き返されるのは正直想定外のことである。


 ——やばいな、一回落ち着かないと……

「焦るなよ、良いボール来てるぜ!」


 ——!


 内山の声に、高橋はハッと我に返る。


「思いっきり腕振って投げてこい!」


 そう言って、主審から受け取った新しいボールを、鋭い送球で高橋に渡す。


 ——内山さん……!


 ボールを受けた右手が、その衝撃でジーンと軽くしびれる。それが、思い切っていけ、という内山のメッセージなのだろう。


 再びキャッチャーズボックス内で座った内山は、迷うこと無くスライダーのサインを出してきた。そしてそれに続いて、腕を振って「思い切り腕を振れ」とジェスチャーで伝えてくる。高橋はそれに小さく首を縦に振ってから、グラブを胸の前で静止させてセットポジションに入る。


 ——内山さんがこんなに来いって言ってくれてんだ。なのにここでビビってるんじゃ、男じゃねぇ!


 セットポジションから大きく足を振り上げて、クロスステップで着地。踏み出した右足にしっかりと体重を移しつつ、その力を左腕にしっかりと伝える。


 ——掛かった!


 リリースの瞬間、ボールの縫い目がしっかり指先に掛かってくれた。リリースされたボールは、外からグググッと曲がって内側に曲がり落ちていく。外から入ってくるボールに、小野崎は思いっきり踏み込んでフルスイング。


 パチィィィン!


「ストライク、バッターアウトォ!」


 小野崎のバットをすり抜けたボールは内山のミットから、気持ち良い乾いた革の音を響かせた。


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