266.リベンジ②


 ——このバッター、選球眼良いんだよな……


 一度ネクストバッターズサークルの中で屈伸してから、左打席に2番・権田が入ってくる。この選手は選球眼が良い上に日本トップクラスの脚力を持つ、厄介な相手である。塁に出すと揺さぶられることはまず間違いないから、四死球で出すことはしたくない。


 ——ボール球から入るの……? まあ、何か考えがあるんだろ。


 なかなかボール球に手を出してくれない選手だから、最初はストライクから入るのかと思ったのだが、内山が出してきたサインは外角に逃げていくスライダー。見逃されればボールになる球だ。


 サインに頷いた高橋は、軸足である左足をプレートに沿わせてセットポジションに入る。そこから右足を上げ、一度セカンドベース方向に大きく振ってから、クロスステップで踏み出す。踏み出した右足にしっかりと体重を乗せて、ストレートと変わらないフォームで思い切り左腕を振る。


 指先を離れたボールが、ツツツッと権田から遠ざかるように曲がっていく。


「——っと!」


 バットを出しかけた権田が、ハーフスイングでバットを止める。


「スイング! ストライク!」


 主審のコールに、思わず権田が不服そうに振り返る。が、もちろん判定は覆らない。


 ——スライダー、今日キレてんのかな?


 鍵山も権田も、外角の逃げていくスライダーにバットが止まりきらずにスイングを取られている。どちらも選球眼に長けた選手だからボール球をこんな形で振ることはそんなに多くないはずなのだが、連続で同じ様な反応をしたということはそれだけ良いボールが投げられている、ということだろうか。


 ——次もボール球、か……


 配球とは難しいもので、ストライクになる球だけで攻めてもプロレベルだと打ち取ることはほぼ不可能だと言って良い。どうボール球を使うか、というのが配球の組み立ての肝、と言っても良いかもしれない。しかもセオリーはあれど結果論的な側面も大きく、つまるところ何が正解なのかなんてやってみなければ分からないものである。


 内山の低めに落とすスクリューのサインに頷いて、高橋はセットポジションに入る。そこからいつも通りの投球モーションで、鋭く、かつコンパクトに左腕をしならせる。


 ——あっ、やば……!


 思ったようにボールが指に引っ掛かってくれなかった。ぬるっと指先を抜けたボールが、あっさりとど真ん中に入る。権田はバットを引いて、それをあっさりと見逃した。


「ストライク、ツー!」


 大した変化もしなかった抜け球を見逃した権田が、思わず天を仰ぐ。


 ——ラッキー……。でも何で打たなかったんだ、今の球?


 投げた感覚もそうだし、悔しそうな表情を権田が浮かべていることからしても、明らかな絶好球だったはずなのに。まあ、これで追い込めた訳だから、理由はよく分からないけれどラッキーだったと素直に喜ぶべきだろう。変化球を振らないと決めていたから遅い球に手を出さなかっただけかもしれないし。


 ——やっぱり次はスライダー、だよね。次は抜けないように気を付けないと……


 内山の出してきたサインはやはり外角に逃げていくスライダー、いつもの決め球である。これだけ決め球に使っていれば追い込んだらスライダーで仕留めにいく、ということはバッターの頭にも入っているのだろうけれど、それでもなお決め球に使えるくらいに効くということはそれなりに良いボールが投げられている、ということだろう。


 セットポジションから、高橋は大きく足を振り上げて、クロスステップで踏み出す。右足に体重を移しつつ、思い切り、かつコンパクトに左腕を振る。


 ——うん、良い感じ……!


 今度はボールの縫い目が指にしっかりと掛かってくれた。高橋の指先を離れたボールは、権田の手元でクククッと外に曲がり落ちていく。


「くっそ……!」


 スイングし始めていた権田が、体勢を崩しながらも何とかカットしようと必死に両腕を伸ばす。


 パチイィィィィン!


 ライトスタンドのスピリッツ応援団の声援を切り裂いて、乾いたミットの音が球場内に響き渡った。


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