最終話.必殺仕事人


「高橋! ちょっと急ぎで準備してくれ! 得点圏までランナー進むようなら、ワンポイントで行くぞ!」


 得点直後の7回表。ブルペンに、木山の指示が響く。


「分かりました!」


 威勢の良い返事と共に、高橋は傍らに置いていたグラブを右手にはめながら小走りでブルペンのマウンドに向かう。


 ——何としても勝つぞ、今日は……


 さっき伝えられた他球場情報では3位を争っているフライヤーズは投手陣が炎上して5回裏まで終わって1対8と7点ビハインド、既に敗色濃厚となっているらしい。CS進出のマジックは試合前の時点で2、つまり4位のフライヤーズが負けてムーンズが勝てばCS進出が決まる訳だが、現時点で既にムーンズが勝てばCS進出が決まると言って良い。


「痛烈な当たりー! ——しかし、これはショート真っ正面! いやー、これは助かりました、ムーンズ! これで1アウト!」

「完璧に捉えてましたよねぇ。勝ち越してもらってちょっと硬くなってるのか、急にこの回はっきりしたボール球が増えましたね。この回、気を付けないと危ないですよ」


「マズいな……」


 テレビを見つめる木山が、どんどん難しい顔になっていく。


「何でアイツはいつもいつも前触れ無く崩れ出すんだよ……」


 木山が腕組みをしながらもどかしそうに、そして落ち着き無くテレビを見つめる。



「あっと高めに抜けてしまいました、フォアボール! マウンド上の古村、1アウトから8番・栗原を出してしまいました」


 ——あれ、結構ヤバそうな感じだな……


「得点直後は失点してはいけない」というのは野球の鉄則のようなものである。試合の流れというのもあるから、いちいち流れを手放していては勝てるものも勝てなくなるというものである。が、それ故にピッチャーは変に力が入ってしまうこともあって、意外とピッチャーが崩れやすいタイミングだったりもするのだ。


「次、スライダー行きます!」

「はいよー!」


 試合の状況を読みつつ、持ち球のストレート、スライダー、スクリューを順番に投げ込んでいく。



「打ったー! レフトへ大きな当たり! しかし外野は予め後ろに守っている、レフト島口はこちら向き! ——捕りました、これで2アウト!」

「これも危ない当たりでしたよねぇ。これ、1番の鍵山まで回るようだとひょっとするとひょっとするかもしれませんよ」


 ——何とか凌いでくれ、古村さん……! 長打じゃなければ……


 最悪、同点のまま引き継いでくれればそれで良い。左打者が続く1、2番のところは、きっちり抑えてみせるから。自分はその為にここに居るのだから。



「あっと、これも抜けてしまいました、初球はボール!」


「今度は引っかけた! が、ワンバウンドのボール、キャッチャーの儀間がよく止めています!」


 ストライクが入らなくなった古村は、明らかに表情に余裕が無い。


「ボール!」

「ストライク!」

「ファール!」



 ここで鍵山を出塁させると、逆転のランナーになる。そう簡単に出塁させる訳にはいかない場面だし、何より自分が出したランナーを残したままマウンドを降りたくはないだろう。ベンチの動きからして、恐らくここで抑えられなければ降板だということはもう分かっているだろうし。


 と、その時、ベンチとブルペンとを繋ぐ電話が鳴る。


「高橋! 行けるか?」

「そのつもりです!」


 木山が、受話器を持ちながら設置されているテレビの画面を覗き込む。


「ツーアウトランナー1、2塁。カウントは3ボール2ストライク。バッターはスピリッツ不動の1番、鍵山翔真!さあ、次が勝負の一球となります。マウンド上の古村、セットポジションから第6球を——投げた!」


 リリースされたボールは、鍵山の膝元からストーンと落ちる。フォークボールだ。


「これはバットが止まりました、フォアボール! 埼玉スピリッツ、勝ち越された直後のこの回、逆転の大チャンスを迎えます!」


「行くぞ高橋!」


 木山が受話器を置いてから、高橋の方を向く。


「よし、頼んだぞ高橋!」

「抑えてくれよ!」

「行ってこい!」


 木山の声に呼応するかのように、ブルペン待機の皆が高橋の背中を押す。


「よっしゃ、抑えてきます!」


 高橋はブルペンを出ると、ベンチへと続く通路へと駆け出す。



「頼んだぜ……!」


 わざわざベンチ裏まで来てくれた内山が、高橋に向かって拳を突き出す。それに頷いた高橋は、その拳に右手のグラブを軽く当て、ベンチに続く階段を駆け上がる。



「東北クレシェントムーンズ、選手の交代をお知らせ致します。ピッチャー、古村に代わりまして——」


 スタジアムDJのコールで、球場が一瞬の静寂に包まれる。


「——背番号53、高橋龍平たかはし りゅうへい‼」


 名前が呼ばれ『必殺仕事人』のテーマが場内に流れると共に、ワァッと大声援が戻ってくる。


 ——何としても打ち取ってやる。それが、俺がここに居る理由なんだから……!



 大声援を背に受けて、小柄な背番号53がマウンドへ向かって飛び出していった——。




—完—


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


ここで、「1/27」完結となります!

投稿開始から約1年、私自身楽しみながらここまで書き続けることが出来ました。まだまだ慣れない中、小説の世界の右も左も分からない中で書き始めた作品でしたが、無事完結まで辿り着くことが出来ました。これもここまでずっとお付き合い下さった方々、応援して下さった方々が居たからこそです。この場を借りて、お礼を言わせて下さい。ここまでお付き合い下さり、本当にありがとうございました! この作品が、皆様の暮らしにほんの少しでも彩りを加えられていたなら幸いです。


RURI


〈2021年12月27日追記〉

この作品のサイドストーリーとして、「RESTART~もう一度、あの舞台へ~」を公開致しました。よろしければ、そちらもぜひ。

「RESTART~もう一度、あの舞台へ~」

https://kakuyomu.jp/works/16816452220743356586

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