21.シートバッティング②
「おーい、次は俺に投げてくれ!」
さっきまで隣でロングティーをしていた、内山が手を挙げて合図してきた。
「了解です!」
プレートの後ろに置いていたロジンをヒョイッとつまみ上げ、2,3回左手の上でポンポンとバウンドさせた。
「じゃ、最初はストレート中心で頼む。」
「了解です!」
——右バッター相手に投げるのは、フォームを変えてからは初めてだな。俺の新しいフォームは、右バッターにも効くのか?
内山が右のバッターボックスで足場を平し、まずはバントの構えを見せる。
マウンド上で高橋が、ロジンまみれの指をふっと吹いて、それからセットポジションに入る。左足を上げ、そのままセカンドベース方向に大きく足を振る。クロスステップで足を踏み出して、肘が体から離れない様に気をつけながら、コンパクトに腕を振り抜く。
「おわぁっと!」
コースはほぼ真ん中。だが、外角から入ってくる様な軌道のボールを追いかけてしまった。カコッ。バットの上っ面に当たったボールは一塁線に高々と上がった。
「あちゃー……」
内山が打ち上げた打球を見ながら歯を食いしばる。
——お? もしかして結構右バッターにも打ちにくいボールが投げれてるのか?
「も、もう一球もらって良い?」
「分かりました!」
もう一度、セットポジションからサイドスローで腕を振る。今度は外角低め、ボール気味のコースにいった。
「オイショっと!」
コツッ。今度は勢いを殺した良いバント。
「一回失敗しといて何だけど、俺はバントは割と得意なんだからな?」
内山がどや顔でこちらを見てくる。
——そういや、指名打者制を採用しないリーグの名古屋で8番を務めることが多かった内山は、バントでランナーを進めて9番ピッチャーのところに出される代打にチャンスで回す、という役目を任されることが多かったと言ってたな。
「よっしゃ、打ってやる! お前のボール、俺は初見じゃないんだぜ?」
内山がオープンスタンスで構える。
セットポジションから、クロスステップで足を踏み出し、腕を振り抜く。クロスファイアの軌道を描いて、内山の懐に飛び込んでいく。
バキョッ!
バットヘッドが勢いよく三塁線に飛んでいく。力なくフラフラっと舞い上がった打球は、一塁側のファールグラウンドにポテッと落ちた。
——お? バットに当てられたとは言え、完璧に打ち取れたぞ?
内山が手元に残ったグリップだけのバットを交換して、もう一度バッターボックスに入り直す。今度は、指二本程バットを短く持って、ミートする気満々である。
セットポジションから、再びストレートを投げ込む。しっかり指に掛かったボールだったが、ど真ん中に行ってしまった。
——ヤバい! 真ん中だ!
内山が、ほぼノーステップでタイミングを取って最短距離でバットを出しに行く。
バコォッ。
鈍い音と共に、ポップフライが上がる。
「チクショー、また折れた!」
内山が悔しがって、地面にバットを叩きつけると、バキッという音がしてバットがへし折れた。
「くっそ、バットを2本も……! バッターボックスで見ると全然違うボールに見えるな……! 次こそ打ってやる!」
ベンチ裏から新しいバットを持ってきた内山が、滑り止めのスプレーをグリップに吹きかけながらマウンド上の高橋を見つめる。
「よし、来い!」
再び内山が右のバッターボックスに、オープンスタンスで構える。
ボール、ファール、ボール、ボール、内野ゴロ、ボール、外野フライ、ボール、ボール、ファール、ボール、ポップフライ……。
「次、ラストで!」
「く、くそっ、せめて1本は……。」
セットポジションから右足を上げ、そのままセカンドベース方向に大きく足を振る。クロスステップで足を踏み出して、肘が体から離れない様に気をつけながら、ビュッと腕を振る。
指先を離れたボールは、外角低め、一番バッターから見て遠いコースを突く。
バッターボックスの内山が、思いっきり踏み込んでスイングする。
カァァン!
コースに逆らわずにライト方向に流し打ち。ライナー制の打球がライト線にバウンド。
「よっしゃあ! ノーヒット回避!」
打球がフェアなのを確認した内山が左拳を突き上げ、声を出す。
——チクショー、最後は綺麗に捉えられた!
「おっ、そんな悔しそうな顔すんなって! 球種分かってんのにヒット1本て、普通無ぇんだからさ。一応これ、『シートバッティング』だぜ? ってか、俺のバット2本も折ったんだから1本ヒットにされた位でそんな反応するなよ~!」
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