20.シートバッティング①


 「明日、ブルペン入るなよ! 大分コントロールもマシになってきたから、シートバッティングで投げてみようぜ。とりあえず打者2人、大体40~50球な。」

 寺田にそう言われたのは、結局ゴールデンウィークに入ってからになった。抜け球になってしまうと大概左バッターに当ててしまうようなコースに行くので、危なくてなかなか打者相手に投げさせてもらえなかったのである。


 ——やっとバッター相手に投げれる! シートバッティングとはいえ、久しぶりに球場のマウンドで投げれるんだ!

 その興奮から、前日はなかなか寝付けなかった。



 左打席に、亀山がマスコットバットを持って入る。

「よろしくお願いします!」

「おう、こちらこそよろしく!」

 

 晴天の下、2ヶ月以上ぶりとなるマウンドに立った。ロジンをポンポンっと叩くと、ふわっと白い粉が舞って、風に乗って流れていく。何気ない一つ一つの動作が、懐かしく感じた。


 打席の亀山は、バントの構えを見せる。小技が得意な巧打者タイプということもあるかもしれないが、多くの打者が球筋を見るためにやるバッティング練習での『お決まり』である。


 セットポジションから左足を上げ、そのままセカンドベース方向に大きく足を振る。クロスステップで足を踏み出して、肘が体から離れない様に気をつけながら、ビュッと腕を振り抜く。サイドスロー転向以降、ずっと気をつけてきたことを、マウンド上で再現する。


 指先から離れたボールは、左バッターの亀山から見て外角のクロスファイアの軌道を描く。


「のわっ!」


 亀山が、思わず一瞬腰を引く。が、ボールが外に逃げていくのを見て、懸命に手を伸ばしてバットをボールに当てに行く。カッ、という甲高い音と共に、ボールがバッターのほぼ真上に上がる。


「おいおい、なんだよこの軌道……?」


 亀山が目をまん丸にして、口も半開きにして、まさしく呆気にとられたという表情を浮かべる。デッドボールかもしれないと思ったボールが外角に決まる。しかも、小技が武器だというのに、あっさりバントを打ち上げたというのだから、その表情になるのも無理はない。


「もう一球ストレート、お願いして良いか? できれば同じコースに。」

「了解です! コースに行かなかったらごめんなさい!」

「はいよ!」


 亀山の要求通り、もう一度ストレートを投げ込む。案の定、インコースのしかもボールゾーン、すなわちデッドボールギリギリのコースに行ってしまったが。

「おわわっ!」


 今度は逃げるまいとどっしり構えていた亀山が思わず体を反らせる。が、さすがはバント職人。コツッ、という音と共に一塁線にボールが転がる。体勢を崩されながらも、しっかり決められた。


「じゃあ、ストレート中心にたまに変化球を混ぜてくれ!」

「分かりました!」



 ボール、ボール、ファール、ポップフライ、ボール、ファール、内野ゴロ、ボール、ボール……。


 ——まあ、まだ半分ぐらいしかストライクゾーンには行かないんだけどね、デッドボールになるボールが無くなってきたっていうだけで。


「じゃあ、次はスライダー行きます、抜けたらすいません!」

「お、おう……。」


 ストレートと同じフォーム、同じ腕の振りからスライダーを投げ込む。


 リリースされたボールは、左バッターの背中側から急激にグググググッと一気に外へ逃げていく、完璧な軌道を描く。

「ヤバッ!」

 思わず亀山が、背中を向けながら跳び上がって逃げる。


 パチーン!

 ミットの乾いた音が響いた。


「……ストライク!外いっぱい、ナイスコース!」

 キャッチャーを務める球団職員さんが返球しながらコールする。


「い、今のがストライク……? しかも外角? どんだけ曲がってんの?」


 再び亀山が亀山が目をまん丸にして、口も半開きにして、まさしく呆気にとられたという表情になる。デッドボールを覚悟して逃げたボールが外角に決まったというのだから、その衝撃も相当なものだったのだろう。


「も、もう一球同じのもらえる?」

 硬い表情を浮かべながら、亀山が高橋に向けて人差し指を立てる。


「じゃあ、もう一球スライダー行きます!」

 合図を出して、もう一度セットポジションに入る。セットポジションから左足を上げ、そのままセカンドベース方向に大きく足を振る。クロスステップで足を踏み出して、肘が体から離れない様に気をつけながら、ビュッと腕を振り抜く。


 ——よし、良い感じ! 指に掛かってくれた!


 指先から離れたボールは、さっき投げたボールの軌道をなぞる様に左バッターの背中から一気に外角へと逃げていく。


「おっわっ!」


 亀山が、今度はデッドボールじゃないと逃げるのを我慢してバットを出しに行く。が、背中側から入ってくるボールに対して、完璧にフォームを崩された。へっぴり腰のスイング、そして左手が離れ、右手一本でスイングしたバットの15センチほど先を、ボールが通過。

 パチーン! と再びミットの音が響く。


「なんじゃこりゃ……! こんなん打てるヤツいねぇだろ……!」


 思わずバランスを崩して左手、左膝を地面についた亀山から、独り言のような簡単が漏れる。


「えっと……、スクリューも投げれるんだっけか?」

「まあ……、ストレートとかスライダーとかに比べるとまだあんまりコントロール出来ないんですけど。」

「見てみても良い?」

「じゃ、デッドボール覚悟して下さいね、狙う訳じゃありませんけど。」

「大丈夫、俺避けんの得意だから!」


 セットポジションから、クロスステップで踏み出して、ビュッと腕を振る。


 ——あっ……。


 左腕から放たれたボールは、またしてもその前の球と同じ様な軌道でバッターへ向かう。ところが、左バッターの背中側からクロスファイアの軌道を描きつつあったボールが、ククっと内側に曲がり落ちていった。


「あれ……?」


 亀山が踏み込んだ足を慌てて後ろに引く。


「いっっっっで!」


 間に合わなかった。というか、軸足はそんなに急には大きく動かせなかった。内側に食い込んできたボールは、そのまま亀山の左足のレガースを直撃。デッドボールとなって、無事にフラグ回収。


 防具に当たっているからケガの心配はなさそうだが、痛いのは間違いない。右足でけんけんしながら、亀山が痛みを堪える。


「すいません! 大丈夫ですか?」

 慌てて高橋は駆け寄ろうとしたものの、亀山が右手で大丈夫と合図し、それを制止した。

「良い、大丈夫だから。」


「お前のボール、よく曲がるなぁ!」

 ボールが当たった左のすねをさすりながら、亀山が声を掛けてくれた。

「あんなボールが投げれるんだったら、左バッターにはそうは打たれねぇと思うぞ。」

 次は打ってやるからな、と付け加えてバッティングケージを後にする。


 確かに、まともにヒット性の当たりは打たれてないし、なんならバントだって一発では成功させていない。



「おーい、次は俺に投げてくれ!」


 さっきまで隣でロングティーをしていた、内山が手を挙げて合図してきた。




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