19.全力投球


「さあ来い!」

 内山が、マスクの中から大きな声を出す。


 ブルペンに再び入れる様になって、およそ3週間。力を入れて投げれる様になってからは大体2週間。まだまだ思う様にコントロール出来る訳ではないけれど、直球だけならキャッチャーの捕れる範囲に行く様になった。


「少しずつだけど、フォームがまとまってきてる感じがするな。」

 投手コーチの寺田が、マウンドの後ろから高橋の投球練習を納得そうな表情で見つめる。

「何より、お前なんか吹っ切れた様な投げっぷりだな! 何があったんだ?」


 ——そりゃ、あんだけ打たれ込まれたからもうがむしゃらにやるしかないと思ったり、チームメイトと積極的に絡む様になって積極的に行こうと思える様になったり、とまあ色々理由はあるんだろうけどさ……、やっぱり一番は……!


「思いっきり野球が出来んのって、めっちゃ楽しいです!」


 この一ヶ月、プロ野球もオープン戦を終えてシーズン開幕を迎え、ネイチャーズの試合も本格的に始まってJPBの2軍・3軍や独立リーグ、社会人チームと週3~4試合のペースの日程をこなしている中で1人だけリハビリしなければならなかった。周りが活躍しているのを目の当たりにしているのに、プレーするどころかブルペン投球すらも出来ない日々。


「目一杯投げれるって、良いもんだろ? やっぱ一回ケガすると、皆同じこと言うんだよな~。」

 寺田が俺もそうだったなぁ、と懐かしそうに話しながら、目を細めた。

 





「まだまだ制球甘いけど、、そろそろ変化球も本格的に投げ込んでいこうか。」

 そう寺田に言われたのは、投球練習再開から2週間ほど経った頃だった。ケガが治ってからは割と順調にステップを踏んでいた。


「じゃあ、まずスライダーいきます!」


 感覚を忘れない様にするために時々投げてはいたけれど、精度を上げるために変化球を投げるのは何ヶ月ぶりだろうか。


 セットポジションから左足を上げ、そのままセカンドベース方向に大きく足を振る。クロスステップで足を踏み出して、肘が体から離れない様に気をつけながら、直球を投げる時と同じようにビュッと腕を振り抜く。サイドスローから放たれたボールが、左バッターから診て内角から一気に外角のボールゾーンまでグググッと曲がりながら落ちていく。


「うっわ、エッグい……!」

 思わずキャッチャーを務めていた内山が固まる。


「なんじゃこりゃ……!」

 マウンドの後ろから見つめる寺田も、鳩が豆鉄砲を食ったよう様な顔になる。


 ——え、え、何この反応は?


 一瞬で空気感が変わったことにびっくりして、思わずキョロキョロ。


「あ、あの……、」


「なんだよこのエグいボール!」

 内山が興奮した叫び声を上げながら、マスクを外して立ち上がる。

「お前、これなら1軍でも抑えられるぜ、マジで!」

 かなり興奮していると見えて、なかなかに鋭い返球をしてくる。あ、あの、痛いんですけど……。


「うん、これがコントロール出来る様になれば、間違いなくプロでやっていくための武器になるな。」

 寺田もなんとなく興奮しているらしく、いつもよりも早口で褒められた。



「じゃあ、次、スクリューで!」

 クロスステップで踏み出して、コンパクトに腕を振り抜く。

 指先から離れたボールはグイッとスライダーとは逆方向に鋭く曲がり落ちた。が、リリースポイントが若干ずれたのだろうか、左のバッターボックス上でワンバウンド。実戦で投げていたらデッドボールになるコースに行ってしまった。


 ——いやぁ、やっぱ難しいな……。


「……何気にこのボールも良い変化したんじゃねえか?」

 寺田が独り言の様に呟く。

「悪くねぇぞ、投げてるボール自体は!」

 内山が、ボールをこねてワンバウンドして付いたボールの汚れを落としながら、大きく頷く。


 ——あれ?とんでもないクソボール投げたかと思ったのに?


「ある程度コントロールついてきたら、シートバッティングで投げてみて、実際のバッターの反応見てみるか?」


「投げたいっす!」


 提案された実際のバッターに対して投げるチャンス。また一歩、実戦マウンドに近づいた。








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